ヨハンソンは、スウェーデン国家犯罪捜査局の元長官だった。
敏腕の捜査官として称えられていたが、退職後に脳梗塞に襲われ、右半身が麻痺。
心臓は爆弾を抱え、かつての頭脳の冴えはなくなってしまった。
そんなヨハンソンに、ある相談が持ち掛けられた。
牧師のもとに懺悔に来た女性が、25年前の未解決事件の犯人を知っているというのだ。
これが事実であれば、解決の大きな手掛かりになる。
しかしその事件は、少し前に時効が成立していた……。
時効となった以上、警察にはもう犯人を追うことも罪を問うこともできない。
しかし退職して警官ではなくなった自分なら―。
ヨハンソンは杖を片手に立ち上がり、残りの人生をかけて事件解決に挑む。
安楽椅子探偵が最後の力を振り絞る
『許されざる者』は、スウェーデンを舞台とした北欧ミステリー長編です。
「時効が成立した後の犯人を裁くことはできるのか」
これが本書のテーマとなっています。
普通に考えると、どんな凶悪犯でも、時効後は警察に追われなくなりますし、法で裁かれることもありません。
被害者は泣き寝入りするしかなく、無念だけが残ります。
法が許しても、心情的にはとても許せるものではないと思います。
『許されざる者』は、この時効の理不尽さに、年老いた元警官ヨハンソンが立ち向かう物語です。
警察にはもう捜査はできませんが、退職後のヨハンソンなら、一個人として正義を貫くことができるのです。
とはいえヨハンソンは、脳梗塞の後遺症で右半身が麻痺し、頭もしっかりと働きません。
そのためヨハンソンは、協力者を集めてチームを作り、捜査を進めます。
自分が指示を出し、仲間たちに手足になって動いてもらうという、いわゆる安楽椅子探偵です。
このヨハンソンの執念には、胸が熱くなります。
なにしろ体にも脳にも大きなハンデを背負いながら、事件を命がけで解決しようとするのですから。
老いてなお消えることがない刑事魂と正義の心、そして残りの命を全て注いで突き進む姿は、あまりに痛々しい。
だからこそ大きな感動を呼び起こし、読み手の心を揺さぶるのです。
そして終盤になって、見事犯人を突き止めたヨハンソンは、ついに本書のテーマに直面することになります。
「時効後に犯人を裁くことはできるのか」
このテーマがどのような結末を迎えるのか、ぜひご自身の目で確かめてみてください。
ユーモアと温かみのある人間関係
『許されざる者』のもうひとつの見どころは、ヨハンソンと捜査チームとの関係性です。
このチーム、メンバー構成からして面白いですよ。
まずは、年金暮らしをしている元相棒のヤーネブリングと、元会計士のアルフ。
「元~」というところからもわかるように、どちらも引退後の身であり、それなりの年齢です。
最後に一花咲かせようと、よっこらしょと立ち上がります。
さらに、若者も二人います。
ピアスだらけで口調もくだけた女性介護士マティルダと、孤児院出身で荒くれ者だった用心棒マキシムです。
このように捜査チームは、盛りを過ぎた高齢者+アナーキーな感じのする若者たちという、なんとも異色な組み合わせ。
噛み合いそうにない気もしますが、どころがどっこい、チームワークは良いです。
それぞれがヨハンソンを慕い、思いやり、力になろうとしているからです。
ヨハンソンは偏屈じいさんのケがあるのか、文句や悪態がやたらと多いのですが、それでもチーム内の関係は険悪にはなりません。
そこにはむしろ、ユーモアと温かみとがあります。
これはひとえに、ヨハンソンの生真面目で情熱的な人柄ゆえでしょう。
だから皆、世代的な価値観を超えてヨハンソンを愛し、信頼し、誠心誠意サポートするのです。
ここもまた、『許されざる者』の魅力です。
テーマが重いからこそ、この素敵な人間関係は胸に染み、読了後の感動をより大きくしてくれます。
5冠に輝いた、北欧ミステリーの最高峰
奥が深いと言われる北欧ミステリーの中でも、本書は特に印象的な作品です。
テーマといい主人公の悲壮感といい、深く考えさせられる部分が多くあります。
「裁き」の結論についても、読了後に悩んだり物思いに耽ったりと、後を引く人が多いのではないでしょうか。
そのため『許されざる者』は、日本だけでなく世界的に高く評価されており、数々の賞を受賞しています。
スウェーデン推理作家アカデミーの最優秀長篇賞を始め、英国推理作家協会賞、ガラスの鍵賞などを受賞し、なんと5冠に輝いているのです。
それほど多くの人々の胸を打った、名作中の名作ということですね。
また実は『許されざる者』は、ヨハンソンシリーズの最終作です。
日本では今のところ刊行されていませんが、スウェーデンではおなじみのシリーズだそうです。
そちらではヨハンソンがまだ現役で、バリバリと活躍しています。
そして引退し、体を引きずりながら、人生最後の事件に対峙する物語が、本書『許されざる者』なのです。
ヨハンソンの現役時代を知る人には、晩年の悲壮感が一層強く感じられ、より胸を震わせながら読めるのではないでしょうか。
ぜひ日本でも、シリーズ全てを翻訳・出版してほしいですね!
そういった意味でも『許されざる者』は、数ある北欧ミステリーの中でも注目度の高い作品です。
ぜひ手に取り、日本では最初で最後となっているヨハンソンの活躍を、目に焼き付けてください。
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