まさに「これぞ芦沢央!」という感じの良い意味でイヤーな後味が残る短編集です。私はこの後味が大好きなのですよ(*゚∀゚*)
夏休みに起こしてしまった些細なミスを隠したい小学校の教師、認知症の妻を傷つけないための奮闘する夫、不倫相手をなんとかして見返そうと目論む料理研究家など、五人の登場人物が身の回りで起きた小さな事件に立ち向かいます。
「ただ、運が悪かっただけ」「埋め合わせ」「忘却」「お蔵入り」「ミモザ」といった、完全に独立した短編が五本収録されています。
それぞれに話は独立していますが、いずれも些細な綻びから罪が露呈していくというもの。
本のタイトルである「汚れた手をそこで拭かない」には、こっそりと罪を隠そうとするものの余計なことをしたばかりに汚れ、罪が広がっていく様子を的確に示しています。
芦沢央『汚れた手をそこで拭かない』
いずれの作品にも驚きの仕掛けが隠されており、一度衝撃を受けたあとさらに圧倒的な結末を迎えます。
短編集とは思えないほどの読み応えで、読書の習慣があまりない方でも、ミステリー小説を数多く読んできた方でも、満足できる一冊となっています。
どの作品にも共通して、「人間の恐ろしさの本質」が描かれているのが特徴的です。
普通なら思いもよらぬ方法で罪を隠そうとする登場人物たちの言動に、思わず薄ら寒い気持ちを覚えることでしょう。
「怖い」という感想もありますが、ただ怖い部分を全面に押し出すだけではなく最後にはきちんとオチがつき、爽快な気分にさせてくれる内容になっています。
少し泣けるような作品もあり、心地いい余韻に浸ることも可能です。日常に潜む狂気やブラックユーモアを表現するのが非常に上手く、クスっと笑ってしまうような作品もあります。
どれも不穏で、後味も悪し
短編と言えども物足りないということもなく、余計な部分を徹底的に削ぎ落とした、クオリティの高い作品を楽しめます。
すべての作品のレベルが高く、短編集でこれだけの作品が読めるのは、ミステリー小説ファンにとっても嬉しい一冊なのではないでしょうか。
芦沢央氏のすらすらと読みやすい文章とも相まって、どんどんページをめくってしまいます。
ですが、大掛かりな仕掛けや連続殺人といった派手なミステリー、トリックが好きな方にとっては物足りないかもしれません。だがそこがいい!
ほんの少し現実逃避ができるような、それでいて明日には自分もこの物語の主人公になってしまうのではないかと不安になってしまうような、珍しい作品です。
近年、出版社では「短編集は売れない」というのが通説のようです。一つ一つの話が少しずつ交わる連続した短編小説ならまだしも、今作「汚れた手をそこで拭かない」のような完全に独立した短編集の売上は厳しいと言われています。
そんな中でも今作は「週刊文春ミステリーベスト10」の中で第五位に輝き、近年の短編小説集の中では異例の注目度を誇っています。
短編集が売れなければ次回の短編集は出版できないとも言われていますが、次回作にも期待できる評価と言えるでしょう。
クオリティの高い作品が読みたいけど時間がない、読書をあまりしないので短い話から始めたいという方にもおすすめしたい一冊です。
芦沢氏は『汚れた手をそこで拭かない』と『僕の神さま』を二作連続で発表しています。今作は独立した短編集なのに対して『僕の神さま』は連作の短編集です。
小学生の主人公が日常に潜む謎を一つ一つ解き明かしていくという作風で、こちらはさらに読みやすい内容になっています。主人公と同年代の子どもでもチャレンジしやすいのではないでしょうか。
芦沢氏曰く、新しい挑戦をしたのが『僕の神さま』、自分の得意なことを詰め込んだのが『汚れた手をそこで拭かない』とのこと。
いずれも芦沢氏の魅力が詰まった短編集ですので、今作を読んで満足できたら『僕の神さま』も手に取ってみてはいかがでしょうか。
普段短編集は読まないという方でも、いつもとは違った楽しみ方を発見できるかもしれません。

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