1975年、カリフォルニアの海辺の町ケープ・ヘイヴンで、少年が少女を誤って殺してしまう事件が起こった。
加害者の少年ヴィンセントは、厳しい判決のもと刑務所で服役することに。
それから30年、ヴィンセントの親友ウォークは、警官としてケープ・ヘイヴンを守りながら、友が刑期を終えて帰郷する日を心待ちにしていた。
あの頃と何も変わらないケープ・ヘイヴンで、人生をもう一度やり直してもらうために。
一方13歳の少女ダッチェスは、被害者の姉であり事件を未だに引きずっている母親と、まだ幼い弟の面倒を、たった一人で見続けていた。
気丈なダッチェスは、周囲からどれほど揶揄されようと、理不尽な仕打ちを受けようと、挫けることなく容赦なく立ち向かい、相手がひるむまでやり返す。
やがてヴィンセントが出所し、町に戻ってきた。
やっと自由になれたにもかかわらず、陰鬱とした表情を崩さないヴィンセントを心配し、力になろうとするウォーク。
しかしケープ・ヘイヴンでは、新たな悲劇が起こってしまった。
ダッチェスの母親が、何者かに殺されたのだ―。
人の闇が引き起こす悲劇
『われら闇より天を見る』は、ケープ・ヘイヴンで30年前に起こったと少女の死と、ダッチェスの母親が殺された事件の真相を追うというミステリーです。
面白いのが、単純に「誰が誰を殺した」という物語ではないところです。
ケープ・ヘイヴンは海辺ののどかな町だったのですが、30年前の事件により、一変して不穏なムードになります。
少年ヴィンセントが逮捕されたことで一応の解決はしたものの、この事件は町の人々に深い影を落とし、見えないところでくすぶり続けます。
警官ウォークはこのかりそめの平穏を、人々への親切と積極的なパトロールとで何とか維持し続けるのですが、ヴィンセントが刑期を終えて帰郷してきたことで限界を迎えます。
水面下で膨れ上がっていた闇がついに爆発し、新たな悲劇が引き起こされてしまうのです。
この悲劇には直接的な原因がもちろんありますが、その奥に関係者たちの心の闇が大いに潜んでいます。
そこを暴き本当の意味での解決を目指すことが、『われら闇より天を見る』の大筋となっています。
単に犯人の正体を探るだけでは済まないので、そこがミステリーとしてもサスペンスとしても面白く、読み手の興味をガッツリと惹きつけてくれます。
涙を誘う圧倒的なドラマ性
『われら闇より天を見る』は、ヒューマンドラマとしての色合いも強く、特に二人の主人公・ウォークとダッチェスの生き様が見どころとなっています。
片や、服役中の親友のために30年間も町を守り続け、出所後も悪どい不動産屋から彼を守ろうとする警官。
片や、30年前の事件から立ち直れずにいる母親と、5歳の弟を守りながら、世の理不尽と戦い続ける少女。
二人ともかつての事件が残した傷に囚われた人生であり、それでも守るべき人のために自分なりの方法で精一杯に頑張る日々を過ごしています。
特にダッチェスのキャラクターが強烈で、彼女は口が悪く手も早い乱暴者。
やれ「死ね」だの「首を斬り落としてやる」だの、とても13歳の女の子とは思えない暴言を吐き、行動も過激です。
でもそれは全て家族を守るためであり、粗暴なふるまいの裏側にあるのは、精一杯の強がりと溢れんばかりの家族愛。
彼女は自分のことをよく「無法者」と言うのですが、それは単なる素行の悪い不良という意味ではなく、「愛する者のためには手段を選ばない、法なんて守っていられない、そんな余裕はない」という意味が込められています。
現に、こんなシーンがあります。
ダッチェスは弟にホットドッグを少しでもおいしく食べさせてあげるために、レストランに入り、備え付けのケチャップの小袋をコッソリ持ち帰ろうとするのです(未遂で終わりますが)。
こういった行動の端々に愛情ゆえの無法者感が出ていて、後ろ指をさされながらも日々を懸命に生きている様子が伝わってきます。
一方ウォークの方にも、親友に対する思い、苦難に満ちた捜査、そして襲い掛かって来る病魔……と、ドラマがてんこ盛りです。
彼の人柄は本当に誠実で、なのに報われないことばかりで、その悲痛な姿は読み手の胸に都度突き刺さります。
こちらも感動の嵐なので、ぜひ注目してください!
英国最高峰の賞を受賞し、日本でも堂々1位
『われら闇より天を見る』の作者クリス・ウィタカーさんは、ロンドン生まれのミステリー作家です。
2016年に『消えた子供 トールオークスの秘密』でデビューし、英国推理作家協会賞の最優秀新人賞を受賞したことで注目を集めました。
そして5年を経た2021年に発表されたのが、本書『われら闇より天を見る』です。
上でご紹介したように、ミステリーとしての面白さに加え、読み手の心を掴んで離さないドラマ性があり、イギリス最高峰と言える英国推理作家協会賞の最優秀長篇賞を受賞しました。
日本でも、第46回週刊文春ミステリーベスト10の海外部門で堂々1位を受賞!
しかも4年連続で1位を受賞していた作家さんを追い越しての受賞なので、本書がいかに多くの人々に評価された傑作であるかがおわかりいただけるかと思います。
とにかく、ミステリー部分においてハラハラさせられ、ドラマ部分において涙をハラハラさせられ、二重のハラハラを存分に楽しめる傑作です。
怒涛の感動を味わいたい方には、絶対におすすめ!
また本書には、イギリス生まれの本であることから、英語での原題があります。
『We Begin at the End』というタイトルで、これは日本語訳すると「人は終わりから始める」という意味になります。
読了後には、ぜひこのタイトルの意味を考えてみてください。
改めて、大いに涙を誘われることと思います。
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