高円寺の南商店街で仕立屋を営んでおり、腕利きの職人と企業を引き合わせるブローカーの2つの顔をもつ主人公・桐ヶ谷京介。
そんな桐谷はある日、テレビで放送されていた公開捜査番組にて、10年前に身元不明の少女が殺害された未解決事件を目にします。
そして、殺害された少女が着ていたワンピースに興味を持った桐ヶ谷は、この未解決事件の捜査へと乗り出すのでした。
もちろん、仕立屋である桐ヶ谷には普通の探偵としての知識や経験はありません。
しかし、仕立屋として服の状態を見ることに関しては卓越しています。
また、芸術家を志していた経歴もあり、特に美術解剖学に関しては豊富な知識を持っているのです。
そんな彼が、服飾と美術解剖学の知識を活かしてどのように未解決事件の真相に迫っていくのでしょうか。
今までにない個性的な推理に注目
本作でもっとも注目していただきたいのが、真相に至るまでの『過程』です。
通常ミステリー作品とは異なり、殺害された少女が着ていたワンピースに興味を持って捜査に乗り出したのは先ほどもご紹介しましたが、注目ポイントはこの先です。
少女が身に付けていたワンピースについて、素人では到底知りえない情報からさまざまな真実を導き出していきます。
例えば、ヴィンテージの縫製材料や縫製方法から作られた時代がわかることや、ワンピースについているボタンが希少価値の高いボタンであると発見することなど、殺害された少女が着ていたワンピースから多くの情報を得ることができるのです。
さらに、ワンピースに付いていたシワや痛み具合から、少女のケガ、病気、生活までもが分かってしまうという驚愕の能力を持っています。
とはいえ、事件を捜査している刑事からすると「服を見てそんなことが分かるはずがない!」と思うのは当然のこと。
しかし、桐ヶ谷が服を見て推理したことがズバリと当たっているのを目の当たりにして、信じるしかない刑事との掛け合いにも注目です。
真実に近づくにつれて少女の悲しい過去が暴かれていく過程は、知りたいけど知りたくないと、もどかしくなることでしょう。
なぜここまで服に詳しいのか
本作では、服の知識についてこれ以上ないのではと感じるほど細かく描かれています。
この知識量は『ヴィンテージガール』を書くためだけに調べたものとしてはあまりにも専門的すぎると感じました。
しかし、作者である川瀬七緒さんの経歴を見たら納得できましたので、その経歴を簡単にご紹介していきます。
彼女は、文化服装学院というファッションやデザインを学ぶ専門学校に進学し、服装科デザインを専攻し卒業。
1991年には服飾デザイン会社に就職すると、子供服のデザイナーとしてご活躍され、その後はフリーの子供服デザイナーとして今もなおご活躍されているのです。
つまり、ミステリー作家とフリーの子供服デザイナーの二足のわらじを履いている作家さんだったのですね。
30年以上も子供服に関わっている彼女ならではの服飾(特に子供服)に関する知識が本作品にも詰まっているというわけです。
また、人体の骨格や筋肉の形状などを研究する“美術解剖学”に関しても、服飾関係とは密接な関係にあるのでかなり深い知識を持っているに違いありません。
このような服飾の知識とミステリーを掛け合わせた、まさに唯一無二も作品と言えるでしょう。
一味違うミステリーを味わってみてください!
今回ご紹介しました作品は、ミステリー作家・川瀬七緒さんの『ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介』という小説です。
『江戸川乱歩賞』や『鮎川哲也賞』など、数々の受賞歴をもつ川瀬七緒さんの小説ですが、本作は書評家個人によって作品が選ばれる文学賞『細谷正充賞(2021年度)』を受賞しました。
そんな彼女の新しい作品として大きな期待を寄せられていましたが、見事その期待に応える作品となったことは間違いありません。
感情移入しやすい桐ヶ谷や、少し口の悪いゲームオタクの女性など、個性豊かな登場人物の魅力はもちろん、服飾や美術解剖学という専門的な要素を多く含んでいるのにも関わらず、スラスラと読める内容の完成度は見事です。
また、作中に登場する商店街の人たちとのユニークに富んだ会話で和むことが出来るのも束の間、殺害された少女をめぐる未解決事件の真相はダークで重いものとなっています。
真相に迫る過程はもちろん予想できませんが、未解決事件の真相は、従来のミステリー小説ファンはもちろん、初めてミステリー小説を読む方にとっても驚愕するでしょう。
そのくらい衝撃的な結末となっています。
最後になりますが、ミステリー小説ファンであれば、川瀬七緒さんの作品を読んだことのある方も多いのではないでしょうか。
『ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介』をまだ読んでいないという方は、ぜひお手にとっていただきたい作品です。
きっと今までには感じたことのない、一味違うミステリーを感じることが出来るはずですし、読み終わった後にはきっと事件の真相に心打たれているでしょう。
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