そうそう、このまえ(8/31)ヘレン・マクロイの『月明かりの男』がやっと翻訳されましたね。
マクロイを代表する「ベイジル・ウィリング博士シリーズ」の長編第二作であり、紛れもなく面白いやつです。
新本格30周年でテンションがおかしくなり、過去の国内名作を再読しまくっていた最近ですが、やはりマクロイはいい。素晴らしい。
関連記事:【ヘレン・マクロイ入門】ウィリング博士シリーズのおすすめ紹介!
『月明かりの男』
ヨークヴィル大学に訪れたフォイル次長警視正は、構内で「殺人計画」が書かれた紙を拾います。
あなたが晴れて第一グループの殺人者に選ばれたことを、ここにお知らせいたします。実行にあたっては、以下に記す指示をできる限り忠実に守ってください(please)。
五月四日土曜日の午後八時、サザーランド・ホールへ東側のドアから入ること。そして八時四十五分までに必ず建物から出ること。殺人(murder)には四十五分あれば十分なので、ご安心を。
P.12より
さらに、その犯行が起きる予定の現場では、拳銃の紛失事件が起こっていました。
よからぬ不安を覚え、指定された午後八時に再び大学へと訪れたたフォイルは、そこで生化学の教授・コンラディ博士の死体を発見します。
頭を撃ち抜かれていました。
さて、面白いのがここからです。
現場から逃げた犯人を見た、という目撃者三名の証言が全く一致しなかったのです。
一体どういうことか。
それぞれの目撃者の証言を見てみましょう。
大学の警備員ウッドマンの証言
「中央広場のほうへ走っていきました。まわりになにもない場所で月明かりに照らされてたんで、はっきり見えました。小男でしたよ。背が低くて痩せっぽちの。フェルト帽を深めにかぶってました。ちょこちょことした小股の走り方で、走ること自体にあまり慣れていない感じでした。」
P.52より
実験心理学の教授・プリケットの証言
「だから彼と見まちがえたのです。同じくらいの身長でしたから。しかし思い返すと、コンラディよりも筋肉質だった気がする。背が高く、がっしりした体格の男でした。それに、フェルト帽をかぶっていました。」
P.56より
ウッドマンの「ちょこちょことした小股の走り方」という証言に対し、プリケットは「陸上選手並みの速さで全力疾走していた」と証言。
社会人類学の准教授・ソルトの証言
「ぼくが見たのは女ですよ。はっきりとはわかりませんでしたが、イヴニングドレス姿だった気がします。薄青色の長いドレスです。靴はハイヒールでした。黒っぽいコートの裾を後ろになびかせて走っていましたよ。」
P.60より
痩せている小男、筋肉質の長身の男、ドレスをきた女。
一体どうやって見間違えたら、こんな結果になるのでしょうか。
もはや見間違たというレベルではありません。
容姿も、性別も、走り方も一致しない。
目撃した人物が別人だったのでしょうか。しかしそれだと、犯行時刻に現場から走り去った人間が三人もいた事になります。おかしいですよね。
そうでなければ、この中の誰かが嘘をついているという事になります。
だとしたら、なんのために?
自殺か、殺人か?
もう一つ魅力的な謎を一つ。
コンラディ博士は、銃口を上下の歯で挟み、先端を口蓋に密着させ、引き金を引いた、という状態で死んでいました。
もし犯人が無理やり口にねじ込んだとすれば、歯が折れたり唇にアザができたりするはず。
身動きができないように体を縛られていた様子もありません。薬物を使用した形跡もありません。
右手には硝煙反応が、つまり発砲の瞬間、拳銃はコンラディ博士の右手に握られていたことになります。
どうでしょう。
完全に自殺としか思えない状況です。
それでも、ただの自殺で片付けないのがウィリング博士。はてさて、真相は。
月明かりに浮かんだ犯人の正体は……
いかがですか、この導入。
全く食い違う犯人像に、自殺としか思えない状況。面白すぎやしませんか?
『月明かりの男』に限らず、ヘレン・マクロイの作品はいずれも物語の入り口がとても魅力的なのです。
序盤を読んだだけで、「あ、これ絶対面白いやつじゃん」とわかってしまいます。しかもの期待を裏切らない。
まず起承転結の「起」と「承」で完全に魅了し、続いて「転」で読者を思わぬ方向へと揺さぶり、「結」で華麗なる終わりを迎える。
この流れが完璧を言っていいほどに美しいのです。
さらに中盤以降では「嘘発見器」なるものが登場し、さらに読者をワクワクさせてくれる展開が待っています。
これだからマクロイはやめられません。
どれから読むべきか?
それにしても、このベイジル・ウィリング博士シリーズの安定した面白さには驚くばかりです。
今作『月明かりの男』はシリーズ2作目なわけですが、これから読んでも十分に楽しめますのでご安心を。
1作目の『死の舞踏』も翻訳はされているんですけど、手に入りにくいんですよねえ(文庫化してくれないかなあ)。
どれも面白いので何から読んだらいいか迷いますが、シリーズ5作目『家蝿とカナリア (創元推理文庫)』や11作目『幽霊の2/3 (創元推理文庫)』などは「必読」ってくらいにオススメです。
あと『ささやく真実 (創元推理文庫)』もいいですね。
この辺りの作品を読んだらほぼ間違いなくハマりますので、他の作品も一気読みしちゃってくださいな。
近年、創元推理文庫さんから続々と翻訳文庫本が出ているので、今が読み時ですぞ( ´∀`)

コメント