都内で発生した無差別連続殺人事件。
どの遺体もひどく傷つけられており、人間による所業とは思えないほどだった。
ある日ライターの坂本美羽は、この事件の真相を知る少女に会った。
少女が言うには、犯人は「とらすの会」という団体であり、ここでは「マレ様」に殺したい相手の名前を伝えると、その人物が必ず無残な状態で死ぬことになるのだという。
あまりに現実離れした話に半信半疑だった美羽だが、すぐに信じざるを得なくなる。
少女が「自分も殺される」と錯乱したかと思うと、その途端、爆発したかのように血肉がバラバラに吹き飛び、死んでしまったからだ。
美羽は自ら「とらすの会」に近付き、真相を探ろうとする。
しかし、身の回りの人が次々に死んでいくようになり―。
想像を絶する展開で読者をダークな世界へと引きずり込む、カルトホラー小説!
心の闇が生み出す超常現象的な死
人間誰しも大なり小なりの恨みを抱えて生きていますが、殺そうとまではなかなか思いませんよね。
良心が咎めますし、自分の手を汚したくないという思いもあるでしょう。
でも、もしも誰かが代わりに殺してくれるとしたら?
しかもお金もかからず、憎む相手の名前を口にするだけという手軽さなら?
もしかしたらこの世では、止めることができないくらい人々が死んでいくかもしれません。
『とらすの子』は、まさにそのような世の中を描いた物語です。
「とらすの会」というカルトな団体があり、そこにはイジメで悩む人や虐待で傷ついた人などが集まり、「マレ様」に恨みつらみを吐き出しています。
「どこそこの〇○という人物のことが、殺したいほど憎い」と。
するとその人物が必ず死にます、超常現象的としか言えない状態で。
いや~、もう、恐ろしい!
人が簡単に殺されていく状況もですが、死に方や遺体の描写がもう、震えが来るほど怖いッ。
冒頭で爆発するように死んだ少女もそうですが、ありえない死に方な上、それはもうむごたらしく描かれているので、読みながらゾクゾクしまくりです。
もっと恐ろしいのが、マレ様に恨みつらみを訴えるのが、自分の意志とは限らないという点。
現に「とらすの会」に潜入した美羽は、マレ様に会った途端まるで心が操られたかのように嘘がつけなくなり、自分の正体や本音、胸の奥底にしまっていた辛い記憶まで話してしまうのです。
そして、どんどん後戻りのできない深い闇へと沈んでいくのですが、このダークさがもう…!
とにかくオカルトでスプラッタな恐怖が満載の物語です。
三者三様の人間ドラマ
『とらすの子』は、怖さだけが魅力の物語では決してありません。
三人の主人公がいて、それぞれに濃い人間ドラマがあるのです。
まず一人目の主人公は、坂本美羽。
オカルト系のライターとしてスクープを狙って、「とらすの会」に単身で潜入するのですが、元は小説家志望でした。
でも夢が叶わず、その上セクハラやパワハラの被害に遭ったり、詐欺で貯金がなくなったりと不運が続き…。
その絶望感が積もりに積もって、半ば投げやりな気持ちで、スクープ狙いという危険な道に走るわけですね。
二人目の主人公・川島希彦は、美形の中学生男子。
ずば抜けて美しい上に家はとても裕福で、美羽とは正反対の勝ち組。
でもそんな希彦の人生にも闇があり、記憶や出生が謎だらけだったりします。
そもそも名前が「まれひこ」ですから、何やら裏がありそうですよね。
そして三人目の主人公・白石瞳は、一連の事件を追う婦人警官です。
明るくて正義感があり、悲観的な美羽とも打ち解けて友達となります。
でも白石は、希彦の父親の日記から「とらすの会」に隠された秘密を知ってしまいます。
そこから彼女の日々がどんどん狂っていき、救いのない末路へと向かっていくことになります…。
このように『とらすの子』には、三人三様のドラマがあります。
彼らのパートが交互に展開していくことで、物語が盛り上がることはもちろん、おどろおどろしさも加速度的に増していきます。
読み始めたら、怖いもの見たさで止まらなくなりますし、最後の1ページまで存分に読み手を怯えさせてくれますよ。
読めば読むほど心が蝕まれていく…
『とらすの子』の作者・芦花公園さんは、ホラー的な怖さとリアルな怖さとを描くことに非常に長けた作家さんです。
芦花公園さんの別作品『異端の祝祭』や『漆黒の慕情』もそうですが、怪異現象とリアルでの怖い出来事(虐待、ストーカーなど)とを絶妙に絡ませることで、読み手の恐怖心をよりアップさせるのです。
『とらすの子』も同じで、基本的には人が超常現象でどんどん死んでいく様子が怖いのですが、それを裏で操る「とらすの会」も、とてつもなく怖い!
何が怖いって、マレ様にすがる大勢の会員です。
自分の手を汚すことなく人を凄惨な死に追いやり、罪の意識を抱くことなく勝ち誇る。
その自分勝手で他力本願的な憎悪が、作中ではずっとドロドロと渦巻いていて、それがとにかく薄気味悪く恐ろしいのです。
誰だって心の奥底に、ある程度の恨みや憎しみがありますよね。
だからこそ、自分も一歩間違えると「とらすの会」の会員のようになってしまいそうで、そこが読み手にリアルな恐怖心を与えるのだと思います。
ホラーな展開と、ドロドロとした醜悪な人間心理とが好きな方は、ぜひ『とらすの子』を読んでみてください。
読めば読むほど、心が蝕まれていくような恐怖を感じることができますよ。
そして読了後には、自分の心に問うてみてください。
「一番許せない人は誰ですか?」
もしも誰かの顔や名前がパッと思い浮かび、同時に憎悪の記憶で心が支配されそうになったら…。
どうか、とらすの闇に引きずり込まれないよう、ご用心を…。


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