フローレンスは、作家になることを夢見ながら出版社で働いている。
ある日、同僚が作家デビューしたことを知り、悔しさから自分の小説も出版してもらうよう上司に掛け合う。
しかし却下された上、クビになってしまった。
それでも諦めきれないフローレンスは、新人作家のヘレンのもとでアシスタントとして働く。
そして彼女の原稿にこっそりと手を加えることで、自分も小説家になったような気分を味わうのだった。
さらにフローレンスは、事故でヘレンが行方不明になった時、見た目が多少似ているのを良いことに、ヘレンになりすますことにした。
「今後は自分の人生を捨て、作家ヘレンとして生きていこう」と決意するフローレンスだったが―。
強い願望と野心とが渦巻く、衝撃のサスペンス!
ひたすら間違った方へと突き進む主人公
『匿名作家は二人もいらない』は、作家になりたいのになれずにいるフローレンスが、夢を暴走させる物語です。
見どころは、フローレンスの独りよがりで愚かな行動です。
同僚の小説が出版されることを知って、嫉妬心から出版社の上司に詰め寄ったり、肉体関係を求めたり、ストーカーをしたり。
「悔しい気持ちはわからなくもないけど、やりすぎでは?」と、ちょっと引いてしまうくらいの熱意です。
結局フローレンスの願いは却下され、裁判沙汰になった上に仕事もクビになるのですが、幸運なことにフローレンスはその後、新人作家ヘレンに雇ってもらえます。
ヘレンの手書き原稿をパソコンに入力するという、アシスタントの仕事をするのです。
ところがヘレンの字が汚すぎて、どうにも読むことができません。
やむなく何の字なのか尋ねると「そのくらい想像して書け!」と怒られてしまいます。
そこでフローレンスは「ならば好きに書いてしまおう」と、ヘレンの原稿に勝手に手を加えていきます。
「バレたらどうしよう」と内心ハラハラしながらも、自分が作家になったような気分を楽しむため、次から次へと改ざんしていきます。
ここでもまた、フローレンスの強すぎる作家願望が暴走するわけですね。
普通に考えたら、人の作品よりも自分の作品に情熱を注ぐべきですが、フローレンスは間違った方向にばかり進みます。
読み手はそこにヤキモキしつつも、その愚かで浅はかな行動に目が離せなくなります。
暴走する人物がもう一人…
中盤になると、フローレンスとヘレンはモロッコに取材旅行に行きます。
そしてある事故からヘレンが行方不明になるのですが、そこからまたフローレンスの野心が炸裂!
なんとヘレンの免許証を使って、「自分こそがヘレンだ」となりすまし、彼女の名前や生活、作家としての地位も全て奪うことにしたのです。
さすがに他人の人生そのものを横取りするのは、あまりにもやりすぎなのですが、だからこそ面白い。
フローレンスが本当にヘレンになりきることができるのか、どこかでボロが出てバレるのではないかと、読みながらハラハラドキドキせずにはいられません。
しかも当の本人であるヘレンも、実はある願望を抱いており、それを叶えるための計画を裏で着々と進めていました。
この願望もやはりフローレンス同様、やりすぎと言える類のものであり、読み手は眉をひそめつつも興味津々!
あまりにも意外すぎる目的と画策はどこかサイコパスじみており、「人は願望のためにここまで暴走できるものなのか」と衝撃を受けること間違いなしです!
夢に目がくらんで暴走するフローレンスとヘレンが、この先一体どうなるのか、それは読んでからのお楽しみ。
チャンスを得たりピンチになったりと状況が二転三転するので、先の展開が全く読めません。
最後までワクワク、ヒヤヒヤしながら楽しむことができます。
夢中になって一気読みできる傑作
『匿名作家は二人もいらない』は、アレキサンドラ・アンドリューズさんの作家デビュー作です。
元々はニューヨークとパリでジャーナリストをされていたそうで、編集者やコピーライターとしての経験もあるとか。
そのためか『匿名作家は二人もいらない』には、出版業界の裏事情が色々と出てきますし、作家志望者や現役作家の心情が実にリアルに描かれています。
夢をなかなか叶えることができないフローレンスの苛立ちや承認欲求、そしてヘレンの、デビューした身ゆえに重くのしかかってくるプレッシャーや焦り。
それらが丁寧に描き込まれているため、読み手には二人がそれぞれ持っている願望が、いかに真剣なものであるかが痛いほど伝わってきます。
だからこそつい同情して物語に入り込んでしまいますし、その分だけ、二人が後々やらかす悪事の数々にビックリさせられるわけです。
リアリティたっぷりでありながら、どんどん荒唐無稽な方向へと話が転がっていくので、そこがたまらなく面白い!
作家志望の方にはもちろん、絶対に譲れない強い願いを持っている方にも読んでもらいたい作品です。
また、本書はアメリカで特に人気があり、ニューヨーク・タイムズ紙や、パブリッシャーズ・ウィークリー誌の2021年ベストミステリ―のランキングで選出されました。
さらに、2022年のレフティ賞やバリー賞の最優秀新人賞にもノミネートされたほど!
この評価の高さからも、『匿名作家は二人もいらない』がいかに優れた作品であるか、おわかりいただけるかと思います。
読み始めたら止まらない、一気読み必至の傑作ですので、夢中になって読みたい本を探している方は、ぜひ!