臨床心理士のサイラスは、児童養護施設のソーシャルワーカーから、手に負えない少女の対処を依頼される。
その問題児の名はイーヴィ。
誰に対しても攻撃的であり、日常的に嘘をつき、なおかつ人の嘘を見破る特殊能力を持ち、施設の職員たちは扱いに困っているという。
サイラスは、情緒に問題はあれど頭の回転が非常に速いイーヴィに興味を抱き、なんとか力になれないものかと歩み寄る。
一方でサイラスは、知人の警部から殺人事件の捜査協力も依頼された。
フィギュアスケートのチャンピオンとなった15歳の少女ジョディが殺害された事件であり、強姦の痕跡や証拠となる体液が残っていたことから、犯人の目星は早々とついた。
ところがサイラスには、どうもその男が真犯人とは思えなかった。
真相を掴むために独自で調査を始めるサイラスだったが、なんとイーヴィまで事件に首を突っ込み、一人で動き出してしまい――。
「サイラス&イーヴィシリーズ」第一弾!
主人公二人の心の交流が愛おしい
『天使と嘘』は、英国で最高峰とされる文学賞「ゴールド・ダガー賞」を受賞したミステリー小説です。
上下2巻でそれぞれ約350ページという長編ですが、長さを忘れて一気読みしてしまうほどの面白さ!
物語は、臨床心理士サイラスが、問題児イーヴィに会うところから始まります。
イーヴィはかつて凄惨な事件に巻き込まれたことから施設行きになった少女で、子供っぽさと妖艶さとが共存する独特の雰囲気を持っています。
攻撃的ですが頭がとても良く、サイラスは彼女を支えるために、里子として引き取ります。
もちろん最初から義理の親子関係がうまくいくはずもなく、二人はギクシャクし、先行き不安な感じ。
でも、ある殺人事件に関わったことから二人は少しずつ心を通わせていき、お互いに無くてはならない存在になっていきます。
その過程がたまらなく愛おしく、人として大切な物語を読ませてもらっている気持ちになってくるのですよ。
不器用なりにイーヴィの力になろうと見守るサイラスと、嘘を見抜く能力を持っているがゆえにサイラスの心に偽りや打算がないことを確信し、彼に心を開いていくイーヴィ。
二人の心の交流が濃密に描かれ、読者はページをめくるごとに二人を好きになり、物語にのめり込んでいくことになります。
もちろんミステリー部分も興味深く、特にサイラスとイーヴィがそれぞれ別個に調査を進めていくところが面白い!
二つの視点で描かれるため読者には状況がより見えやすく、推理しながらグイグイ読み進むことができます。
トリックやミスリードの末に発覚する真相にも、ドキドキです!
悪夢のような過去を背負う二人
読者がサイラスとイーヴィに心惹かれる理由のひとつとして、二人の凄惨な過去が挙げられます。
実は二人ともかつて殺人事件に関わっており、心に深い傷を負っているのです。
まずサイラスですが、子供の頃に実の兄が、父と母、双子の妹を惨殺しました。
サイラスは家族で唯一の生き残りであり、そのためか彼は現在、自分の人生を大事にしていないような、世捨て人的な生き方をしています。
崩れかけの家に住んでいますし、携帯電話は持っていませんし、人との会話も飾らずに本音のみで話して相手を怒らせたりと、どこか自虐的なのです。
一方イーヴィは、施設に入る前、ある猟奇的な殺人事件の現場で発見されました。
男性が拷問の末に殺害されたという事件で、イーヴィは現場の隠し部屋に、数週間も潜んでいたのです。
徐々に腐りゆく遺体を前に、彼女はどんな気持ちでいたのか。
そして彼女自身の体にも、性的虐待の形跡があり……。
イーヴィが他者に対してひどく攻撃的で、嘘を見抜こうとするのは、この時のことがトラウマになっているからだと思われます。
このようにサイラスとイーヴィは、ともに目を背けたくなるような過去を背負っており、今も苦しんでいます。
そんな二人だからこそ、絆が深まっていくことは一種の救いであり、読者にはその様子がより尊く見えるわけですね。
何を失っても怖くないと言わんばかりに本音のみで生きるサイラスと、身を守るために他人の嘘に敏感になったイーヴィ。
二人の間が手を取り合うのは、宿命だったのかもしれません。
二度のゴールド・ダガー賞受賞
『天使と嘘』は、先述したように英国最高峰の文学賞「ゴールド・ダガー賞」の受賞作です。
実は作者のマイケル・ロボサム氏は、この作品の前にも著作『生か、死か』でゴールド・ダガー賞を受賞しており、『天使と嘘』は二度目となります。
この権威ある賞を二度も獲得するのですから、氏がどれほど優れた作家であるかが窺われます。
特に本書『天使と嘘』は、ミステリーとしての面白さはもちろん、サイラスとイーヴィのキャラクター性と関係性がとにかく輝いており、読者の心を鷲掴みにする傑作です。
これだけ作品の特徴や魅力を読者に印象付けたのですから、本書はシリーズの第一作目としても大成功と言えます。
ただし第一作目だからこそ、まだ明かされていない点が数多くあります。
たとえばサイラスとイーヴィそれぞれの過去の事件ですが、サラリと紹介されてはいるものの、状況や真相などの詳しい描写はありません。
一体何があったのか、後のシリーズで描かれるはずですので、読者は想像しながらウズウズと待つしかありません。
ちなみに今作の終盤で、イーヴィの中でサイラスに対する「ある感情」が芽生えるのですが、その思いの行く末も非常~に気になります!
このようにいろんな意味で読者を釘付けにするシリーズですので、未読の方はぜひ。
二度のゴールド・ダガー受賞作家の手腕に、痺れてください!
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