汎エーテル教団という宗教団体のもとに一通の手紙が届く。
それは教祖である甲斐辰郎への殺害予告でした。
甲斐辰郎は宗教団体が生活する村の塔で完全な密室の状態で瞑想していましたが、直後にアパートの一室で首のない死体となって発見されます。
見張りもついていたはずの教祖はなぜ、どうやって消失してしまったのか、殺人犯はなぜ殺害予告を送ったのか、そしてどうして首だけを切断して持ち帰ったのか。
汎エーテル教団から調査を依頼された探偵、法月綸太郎はさまざまな仮説を立てながら、事件の真相に迫っていきます。
事件の裏側には複雑な人間関係が絡んでいました。
一つの問題が解決したと思ったらまた謎が現れ、最後の最後まで気を抜けない物語になっています。
法月綸太郎『誰彼』
探偵、法月綸太郎シリーズの二作目となる作品です。
消失トリック、首なし死体、暗号、双子の登場人物など、ミステリー小説の王道とも言えるアイテムが次々に登場します。
ミステリー小説好きな方なら、これらの要素がどう事件の解決に絡んでくるのかわくわくしながら読めるでしょう。
物語は非常に複雑で、事件の真相は二転三転します。
ありきたりなトリックだと思って油断していると騙されること間違いなしです。
この物語の要である探偵、法月綸太郎はスマートな名探偵ではなく、作中でも揶揄されるほどの「迷」探偵です。すぐに事件を解決するわけではなく、さまざまな仮説を立てて推理を進めます。
この仮説のすべてがもっともらしく、それが真実ではないのか?と思えてしまいます。
しかし自分で立てた仮説を打ち消し、さらに次の仮説を…という方法で、徐々に真相に近づいていきます。
ミステリー小説に登場する探偵は飛び抜けた頭脳を持つ設定のキャラクターが多いですが、そうではないところに親しみやすさも感じるでしょう。
ミステリー小説ファンならわかる方も多いかもしれませんが、今作はエラリー・クイーンの作品に強く影響を受けています。
エラリー・クイーンとは古典ミステリーの巨匠とも呼べる存在で、数々の名作をこの世に生み出しました。現在でも法月氏のようにエラリー・クイーンから影響を受けた作家は世界中に無数にいます。
作中に登場する偽の証拠や探偵の推理を逆に犯人に利用されるなど、エラリー・クイーンの作品を読んだことがある方ならよりこの作品を楽しめることでしょう。
もちろん知らなくても楽しめます。
法月氏のルーツが知りたい、本格ミステリーにもっと触れてみたいという方は、読後にエラリー・クイーンの小説をチェックしてみるのもおすすめです。
作者と同名の探偵が登場する法月綸太郎シリーズは、「雪密室」に続いて二作目です。
「誰彼」は1989年に発表された作品ですが、今回新装版が2021年1月に出版されました。
今ではミステリー小説界に欠かせない存在の法月氏ですが、初期のころの作品は読んだことがないという方がチェックするには良い機会となるでしょう。
文庫化にあたって新たにあとがきも加えられていますので、既に読んだことがあるファンの方も必見です。
法月氏がエラリー・クイーンのファンであることは多くの人に知られている事実ですが、今作や前作「雪密室」、さらにその他の法月綸太郎シリーズでもその片鱗を見ることができます。
「推理小説の中での事件の解決が真の解決ではないかもしれない」「探偵が推理をすることで、探偵が事件に関与することで更なる被害者が増えてしまうかもしれない」といった、エラリー・クイーンの後期の作品に見られる問題を指摘した「後期クイーン問題」を提唱したのも法月氏です。
それをふまえて本作を読んでみると、また違った楽しみ方ができるでしょう。
法月氏は他にも多数のミステリー小説を発表している他、エッセイや評論なども積極的に発表しています。
法月氏のルーツやミステリー観が気になる方は、ぜひそちらもチェックしてみてください。

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