スポーツインストラクターの賢二は、寒がりの妻のためにたった1台のエアコンで家中を同じ温度で暖めることができる「まほうの家」を購入した。
実家のことが気がかりで事前に母に相談したものの、これまた意外にもあっさりと納得してくれた。
そのとき兄が言っていた謎の言葉は気になるものの、賢二は新しい家族も生まれ幸せの絶頂にいたのであった。
ところが新居に引っ越した直後から、奇妙な現象に遭遇する・・・。
我が家を凝視したまま動かない友人の子ども、赤ん坊の瞳に映るおそろしい影、地下室で何かに捕まり泣き叫ぶ娘。
迫り来る悪夢が一家を襲い、徐々に心を蝕んでいく。
恐怖の連鎖は次々と波及していき、ついには関係者の1人が怪死を遂げる―。
「まほうの家」で起きる怪奇現象の数々
家族のために、一台のエアコンで家をまるごと暖められる「まほうの家」を購入した主人公の賢二。
彼は職場や家族、不倫相手などさまざまな問題を抱えていますが、一軒家の購入によって再度妻と子どもがいる幸せを感じるようになります。
ですがその「まほうの家」に住み始めてから恐ろしいことが次々に起こり始めます。
「家に何かがいる」という題材のホラー小説はこれまでにもたくさん発表されており、読者は最初はそんなホラー小説の一だと勘違いしてしまうことでしょう。
ですが本作は当初の予想を大きく裏切ってくれます。
またホラーテイストもふんだんに取り入れられています。
赤ん坊の目にだけ映る不審な影や、子どもがじっと見つめる家の一部分など、自分の家でこんなことが起きたらどうしよう…と思わずぞっとせずにはいられません。
とくにこれから新築住宅の購入を検討している方は、読み終わったあとに後悔してしまうかもしれません。
家族を大切にしていない方、後ろめたい秘密を隠している方にも刺さる部分がたくさんあります。
ただのミステリー小説ではない、そしてホラー小説でもない、新感覚の戦慄するような体験を味わうことができるでしょう。
ラストの1ページまで油断できない「オゾミス」
本作のキャッチコピーは「選考委員全員戦慄」。衝撃的なコピーであり、これに惹かれて購入を決めたという方も多いです。
石田衣良氏、伊集院静氏、角田光代氏など、名だたる作家がこの作品の恐ろしさを高く評価しています。
後味の悪い嫌な気分になるミステリー小説を指す「イヤミス」というジャンルがありますが、今作では「イヤミス」と通り越しておぞましい「オゾミス」だと評価する声もあります。
暖かい家で次々と起こる怪現象が幽霊や妖怪の仕業ではないとなると犯人は人間ということになりますが、その犯人を探しながら読み進めてもきっと騙されることでしょう。
それは、「いくら理由があっても人はこんなにむごいことをしないはず」という私たちの無意識の思い込みがあるからなのかもしれません。
怪しいと思われる人物は登場しますが、徐々にまったく別の人物がその恐ろしさを醸し出し始めます。
衝撃的な推理シーンがあるわけではありませんが、この徐々に明らかになっていく事実が余計に恐ろしく、次々にページをめくってしまうことでしょう。
ラストは一見ハッピーエンドに収まったかのように思えますが、最後の1ページに衝撃が待っています。
最後まで一気に読んでも救いのないラストに絶望するかもしれませんが、一読の価値はある一冊です。
人間の恐ろしさを味わえる一冊
ホラー小説やミステリー小説では主人公が理不尽に恐ろしい目に合ったり、主人公たちと一緒に謎を解き明かしてくような感覚を楽しめるものが多いです。
ですが今作の登場人物に感情移入できるという方は少ないのではないでしょうか。
とくに主人公の言動にはあきれてしまう読者も多いかもしれません。
読めば読むほど主人公の言動が理解できなくなるだけでなく、「痛い目に合っても当然なのでは?」と思ってしまいます。
ですが主人公のせいで罪のない人が被害に遭う部分は非常に胸が痛くなりました。
家族を大切にしないこと、後ろめたい秘密を抱えることでこんな報復が待っているのかと思うと、今一度自身を見つめ直さなければと考える方も多いのではないでしょうか。
怪奇現象だと思ったら実は人間の仕業だった、という展開はありがちではありますが、今作は最後までその手を緩めることなく駆け抜けてくれます。
後味は非常に悪く「オゾミス」と呼ぶのにふさわしい作品ですが、とことん落ち込むような小説を読みたい!という気分のときにはぴったりです。
ぜひ読んでみてください!
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