降田天さんといえば、2015年・第13回「このミステリーがすごい!大賞」大賞受賞作『女王はかえらない』で一躍有名に、その後『彼女はもどらない』でもとびきりの面白さを見せてくれた作家さん。
そんな降田天さんが、「回想の殺人」を描いた作品がこの『すみれ屋敷の罪人』です。
回想の殺人とは、過去に起こった事件を、当時関係者のわずかな証言や回想のみで解決していく、というもの。
有名な作品で言えば、アガサ・クリスティの『五匹の子豚』や『像は忘れない』などがありますね。
というわけで、この『すみれ屋敷の罪人』が回想の殺人モノでとっても面白いので、サクッとご紹介です。
降田 天『すみれ屋敷の罪人』
世が世ならば大名だった紫峰家。その旧邸から白骨死体が3つ見つかる。
西ノ森は事件をきっかけに、以前ここに住んでいた紫峰家の調査をすることになる。
紫峰家のでは戦前・戦中と父親と娘三人、その世話をする使用人たちが暮らしていたが、現在は売却され廃墟になっていた。
そこで、行方がわかっている使用人3人の調査から始めることにした。
それぞれの口から語られる紫峰家は少しずつ違っていたが、そのどれもが東京大空襲で一家全員が亡くなったとしていた。
一家の死体でないのであれば、白骨死体は一体誰なのだろうか。
湧き出る西ノ森の疑問に、どこか使用人たちには秘密を隠している雰囲気があった。
西ノ森は証言をつなぎ合わせ調査を進めることで「すみれ屋敷」と呼ばれた紫峰家の秘密に迫っていく。
使用人たちが隠そうとしているものは一体何なのか。
すみれ屋敷で起こった事件の秘密とは——最後に明らかになる事実は切なく儚いものだった。
日本的な美が凝集されたような作品!
『すみれの根には毒があるんですって。花はあんなにかわいらしいのにね。このお屋敷は毒の花に囲まれてるのよ。毒の花のお城』
(P.49)
『すみれ屋敷の罪人』というタイトルから何を連想しましたか?
私は安直に屋敷を使ったトリックなんだろうなと思いました。
ミステリにおいて、屋敷の構造や設計がそのままトリックになることは数多くあります。
その期待を良い意味で裏切ってくれた作品でした!
緻密な描写と人間関係を重ね合わせることで、真相が浮かび上がってくる様は見事の一言。
まるで映画を見ているような気分になるれる描写力です。
『すみれ屋敷の罪人』は戦争中の日本を舞台に物語が繰り広げられます。
日本だからこそ起こる、日本人じゃないと理解できない世界が最初から最後まで綺麗な文章で綴られています。
家に命をかけて尽くす「お家文化」は日本独特のものです。主君は家臣を案じ、家臣は主君を支えます。
この作品はまさにその塊です。結果として悲惨な運命に翻弄されることになってしまうのが、まさに日本的でしょう。
絶対的な悪という存在がおらず、ちょっとしたすれ違いが悲しい事件を引き起こしてしまいます。
語り口も絶妙で、第一部では証言という形で紫峰家に仕えた人たちが自分の目から見た紫峰家について語ってくれます。
過去と現在を行き来しながら、昭和初期の息吹を存分に感じられます。
西ノ森がそれぞれまとめを作ってくれるのは読者としてはありがたいところです。
昭和初期まで残っていた昔ながらの『家』という文化を肌で感じられる一冊です。
徐々に明らかになっていく秘密が物悲しく、美しい
日本的な美として「侘び寂び」がよく語られます。
この作品では日本的な愛情・感情について様々な面から表現されていると思います。
はっきり言って、私は日本的な愛情というものが少し苦手です。
狂気さえ感じるほどの忠誠や愛情って怖いですよね……。その上、大体死んで終わるというのが苦手な理由でもあります。
そんな私もこの作品では改めて日本的なものと向かい合うことができました。
ミステリにおいて名家で起こる殺人は多々あります。
『すみれ屋敷の罪人』は「日本だからこそ起こる物語」を上手くミステリにしています!
同じような設定の話は洋書和書問わずに見てきましたが、事件の発生から着地点まで全て新しいものでした。
最後まで読み終わるとタイトルである『すみれ屋敷の罪人』に込められた言葉の意味がよくわかります。
「殺人」ではなく「罪人」である意味を十分に味わってほしい作品です。
『茜はすみれのお葬式をしたのよ』
(P.194)
女性作者さんということもあり、人や世界の描写が非常に細やかで女性的です。
主役の紫峰家が三人姉妹ということもあり、女性の比率は多めに感じられます。
それぞれ性格の違う女性たちを全てきっちりと書き分け、その上で魅力的に。
明確に性格が異なる三姉妹ですら語る視点が異なることで、まるで違う人のように感じることさえあります。
話が進むに連れて徐々に見えてくる紫峰家の秘密と三姉妹の魅力に、引き付けられずにはいられない一冊でした。
人生が報われる瞬間が見ることができる一冊
似たような証言を聞くことになるのかと思いきや、語る人が違うだけで大分見えるものや内容が違ってきます。
同じ時期の同じ家族の話をしているはずなのに、まるで違う家族の話を見ているような気分に!
これだけスルスルと読み進めることができるのは、ミステリとしては珍しいタイプの作品かもしれません。
読書中も読後感も爽やかで、それでいて心にしっかりと残るものがあります。
約250ページちょっとと、長編ながらコンパクトにまとめられているのも嬉しいポイント。
世界観としては戦時中ということもあって重めに感じやすいです。それを作者さんの文章力で軽やかで華やかさまで感じさせてくれるものになっています。
一人ひとりの証言として物語が語られていくので、キャラクターの印象が違うのも面白い作品です。
その人だからこそ知っていることが次々と付け加えられて、少しずつ真実が形作られ始めます。
最後に明らかになる真実に、誰しも驚くことになるでしょう。
ミステリにおいては非常に珍しい、誰も不幸になることがないお話でした。
大団円を迎えるとき、じんわりと胸の奥が暖かくなる、そんな作品です。
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