私立探偵マックスは、元メジャーリーガーのチャップマンから依頼を受けた。
チャップマンは、5年前に交通事故で引退してからは政治活動に力を入れており、今月中に上院議員に立候補するつもりだという。
そのチャップマンのもとに脅迫状が届いたのだ。
マックスは5年前の事故との関連性を考え、当時の関係者に聞き込みをする。
しかしほどなくしてチャップマンは殺害され、さらに交通事故の相手まで射殺されてしまう。
マックスは数々の暴力的な妨害を受けながらも調査を続けるが、やがて悲劇的な真相が明らかになり―。
アメリカの大人気作家ポール・オースターが、別名で世に出していた幻のデビュー作!
依頼人は何を隠し、なぜ死んだのか
『スクイズ・プレー』は、ニューヨークを舞台としたハードボイルド小説です。
銃あり、暴力あり、富と美女ありと、裏社会の要素が濃厚に詰め込まれており、「これぞ本場のハードボイルド!」と言うべき王道!
この世界観が好きな方には、たまらない作品だと思います。
物語は、私立探偵マックスが元メジャーリーガーから脅迫状について相談されるところから始まります。
脅迫状には「約束を守れ。さもなくば……」的なことが書かれているのですが、依頼人のチャップマンは約束が何のことなのか、全く身に覚えがないとのこと。
にしては彼は何かを隠している様子ですし、結局脅迫状の通りに殺害されてしまいます。
このチャップマンの隠し事と死における謎を解くことが、『スクイズ・プレー』の大筋となります。
興味深いのが、怪しい人物がゾロゾロ登場するのに、殺害犯がなかなか見つからないところ。
不仲の妻だの、イタリアンマフィアだの、態度のおかしな教授だの、選挙絡みの政治家だの胡散臭い輩だらけで、マックス自身も怪しい2人組から「調査から手を引け」と脅されたりするのですが、どうにも「こいつが犯人だ」と断定しにくいのです。
そのため読者は、マックスと一緒に犯人当てにずいぶん悩まされることと思います。
全ての謎が解けるのは、終盤になってから。
チャップマンがなぜ死ぬことになったのか、何を隠していたのか全て明らかになるのですが、ここが本書一番の見どころです。
内容はもちろん衝撃的ですし、それ以上にとにかくカッコいいのです。
そこにあるのは、男の意地か、はたまた尊厳か。
自身を犠牲にすることを厭わぬ男の熱い生き様と死に様とが、それはもう鮮明に凄みを持って描かれていて、読み手の心を震えさせてくれること間違いなし!
タイトルの意味もわかり、一層感動の渦に飲まれることと思います。
男気溢れるワイズクラック
マックスの人柄もまた、『スクイズ・プレー』をカッコよく盛り上げる要因のひとつです。
彼はなんというか、へそ曲がりで皮肉屋で、物事や考えをそのままの言葉で伝えるのではなく、妙にひねくれた言い方をします。
いわゆるワイズクラック(減らず口)ですね。
依頼人と話す時も、タクシーに乗った時も、女性と一緒にいる時でも、いちいち皮肉っぽい物言いをして、素直じゃないったら笑。
相手もつい乗せられてしまうことが多く、そうなるとお互いにヒートアップして、まるで子供の口喧嘩みたいなワイズクラックの応酬になってしまいます。
これがまたテンポが良くて、漫才のようなおかしみがあり、読みながら自然に頬が緩んできますよ。
そしてマックスのこのワイズクラックは、シリアスパートでも出てきます。
たとえば状況がかなりまずい時、ひどい暴力を受けている時、絶体絶命の時でさえマックスは減らず口を叩くのです。
それは一種のやせ我慢のようでもあり、絶対に屈しないという意思表示でもあり、とにかくどんな状況でもマックスは決してひるまず、弱音を吐かず、ヨロヨロになりながらも皮肉を口にします。
その痛ましい姿がなんともカッコよく、読者の胸を突いてくるのですよ。
そしてこの悲痛な減らず口を見ると、普段の漫才じみた減らず口までなんだか意味深でカッコよく見えてくるから不思議。
こういったマックスの男気溢れるキャラクター性によって、『スクイズ・プレー』は一層熱く味わい深い物語となっているのです!
二重にレアなオースター幻のデビュー作
『スクイズ・プレー』は、アメリカの大人気作家ポール・オースター氏の真のデビュー作です。
1982年に発表されたので、約40年前の作品ということになります。
ポール・オースターと言えば、『ガラスの街』『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』の三作品、通称「ニューヨーク三部作」で知られています。
これらで大ブレイクし一躍有名作家になったのですが、『スクイズ・プレー』の発表時はまだ無名でした。
しかもこの時はポール・オースターではなく、ミドルネームのベンジャミン名義だったため、『スクイズ・プレー』がオースターのデビュー作だという事実はあまり知られていなかったようです。
そういう理由から『スクイズ・プレー』は、オースターの「幻のデビュー作」と呼ばれています。
別名義であるがゆえに世に埋もれていた、隠れ名作ということですね。
日本でも、オースター名義の作品は多く上陸してきたのに、ベンジャミン名義の『スクイズ・プレー』については完全スルー。
それが2022年、40年もの沈黙を破ってようやく和訳され、日本でも出版されたのです。
年季の入った作品とはいえ、さすがオースター、その面白さやカッコよさは折り紙付き!
今読んでも全く色褪せている感はないですし、むしろ若々しいパワーに溢れていて、熱く激しく楽しませてくれます。
しかも現在のオースターの著書には純文学が多いのに対して、『スクイズ・プレー』はコテコテのハードボイルド。
つまり本書は、隠れ名作であることと併せて二重の意味でレアな作品ということですね。
読んで損はない一冊ですので、ぜひ!
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