大学入学を目前に控えたピップだが、気持ちは暗く沈んでいた。
前回の事件の結末に深く悲しみ、傷つき、憤り、精神的にボロボロの状態になってしまったからだ。
そんなピップに、新たな悲劇が襲い掛かる。
無言電話がかかってきたり、家の前に不気味な絵が落書きされたり、首のない鳩の死骸が置かれたりしたのだ。
ストーカーからの嫌がらせのようだが、ピップが調べてみると、数年前の連続殺人事件と酷似していることがわかった。
ただしその犯人は、本人の自白により逮捕されており、現在は刑務所にいるらしい。
ということは、ピップに嫌がらせをした犯人は、手口が似ているだけの別人?
あるいはその人物こそが過去の事件の真犯人であり、今刑務所にいる人物は冤罪で捕えられたのかもしれない。
だとしたら、真犯人は次のターゲットにピップを選んで嫌がらせを始めたのだろうか?
身の危険を感じたピップは、真犯人を返り討ちにするための策を練るが―。
見る影もなくなったピップ
『卒業生には向かない真実』は、勇敢で知恵も回る女子高生のピップを主人公としたミステリー三部作の第三作目、つまり最終巻です。
一作目『自由研究には向かない殺人』では、ピップは持ち前の行動力と正義感とで犯人を追い詰め、見事逮捕へと持って行きました。
危険な目に遭っても屈することなく、元気いっぱいに突き進んでいくピップは、眩しいくらいに素敵な女の子でした。
ところが二作目『優等生は探偵に向かない』では、逮捕された犯人が無罪放免になったり、罪のないはずの人が銃で殺された上ひどい誹謗中傷を受けたりしたことで、ピップは激しく落ち込みます。
そして今作『卒業生には向かない真実』では、その傷を負った状態でのスタートとなります。
一作目でピップの明るい強さに魅せられた読者は、かなりショックを受けることになると思います。
ピップは、物音が全て銃声に聞こえたり、密売人から薬を買わなければ夜も眠れなかったりと、完全に精神を病んでしまっているのです。
あの弾けるようにパワフルだったピップが、あまりにも痛々しく沈んでいて、読むのが悲しくなるくらいです。
しかもピップは、例の犯人から名誉棄損で訴えられたり、ストーカーから薄気味悪い嫌がらせを受けたりと、踏んだり蹴ったり。
でも警察を頼りにはできません。過去の二作品でピップは、警察にどれだけ真実を訴えても、なかなか動いてもらえないことを痛感したからです。
そうこうしているうちにピップは、ストーカーから嫌がらせでは済まないようなことをされてしまいます。
そしてここから読者は、過去作ではありえなかったピップの恐ろしい姿を見せられることになるのです!
大きすぎた罪と精一杯の愛情
物語は後半に入ると、ガラッと雰囲気が変わります。
すっかり心を病んで、警察も正義も信じることができなくなったピップが、単身でストーカーに対抗しようとして、激しい攻防の末に大きな罪を犯してしまうのです。
どのような罪なのかはネタバレになるので伏せますが、ひとつ言えるのは、その罪は本来のピップには、絶対に犯せるはずのない卑劣な行為だということ。
明るくて勇敢で、悪が許せなくて何度も立ち向かっていたピップが、きっと何よりも憎んでいたであろう行為です。
それなのに犯してしまったのは、それだけピップの心が追い詰められ壊れていたからでしょう。
一作目からピップを見守ってきた読者は、きっとやりきれない思いでいっぱいになると思います。
さらにピップは、ストーカーだけでなく、無罪放免になった例の犯人にもある方法で手を下します。
ピップの狂おしい反撃は、止まりません……。
そしてここから、読者の胸をさらに打つ展開になります。
とにかく大きな罪なので、ピップは自分がもう普通の生活に戻ることができないと悟り、家族に自分なりの言葉で愛を精一杯伝えるのです。
このあたりはもう、読みながらあまりに切なくて、胸が痛すぎて、涙腺大崩壊!
まだ大学入学前の、女の子ですよ?
あんなに明るくて活発で聡明で、周囲から頼りにされて、自分の信じる正義のために頑張ってきた素敵な女の子が、どうしてこんな目に……。
罪を背負ったピップがその後どうなるのか、気になる方はぜひ読んでみてください。
きっと、押し寄せる激情と涙で心も顔もぐちゃぐちゃになりながらの読了になると思います。
ピップと作者の心の叫び
このシリーズの一作目からは、とても想像できないような衝撃的な展開でしたね。
序盤はとにかく鬱々としており、中盤以降は狂気を思わせるほど破滅的な流れになって、誰もが想像だにしなかったであろう結末を迎えます。
でもだからこそ、『卒業生には向かない真実』は読んだ人の心に大きな爪痕を残し、いつまでも忘れられない一冊になると思います。
また、物語だけでなく社会問題としても、本書は非常に衝撃的な作品と言えます。
作中でピップは、犯罪者が無罪になったり、罪のない人が殺されたりなじられたりする現実を目の当たりにして、警察や司法、果ては正義の在り方に対しても、激しく憤っています。
「こんな正義は、絶対に違う!」というピップの叫びが行間から聞こえてきそうなくらいです。
本書のあとがきによると、作者のホリー・ジャクソンさんご自身が、司法を信用できなくなる経験をされたそうです。
つまりピップの叫びは、ホリー・ジャクソンさんの叫びでもあるわけです。
だからこそ読者にも、その痛みや苦しみがダイレクトにリアルに伝わってきて、深く考えさせられます。
きっと今現在も世界のあちこちで、間違った正義は横行しているのでしょう。
我々はそれをどうしていくべきなのか、ぜひ『卒業生には向かない真実』を読んで、考えてみてください。
それがきっと、本書で苦しんで苦しんで苦しみ抜いたピップにとって、救いの光になることと思います。
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