井上真偽さんの『その可能性はすでに考えた』が先日文庫化しました。
相変わらずのクセの強さが半端ではないですが、斬新でとても面白いミステリー小説です。
こういう作品を読むと、ミステリー小説って無限の可能性があるなあ、って思わせてくれますね。
ちなみに、
・第16回 本格ミステリ大賞候補
・ミステリが読みたい! 2016年版(早川書房)
・2016本格ミステリ・ベスト10(原書房)
・このミステリーがすごい!2016年版(宝島社)
・週刊文春ミステリーベスト10 2015年(文藝春秋)
・読者に勧める黄金の本格ミステリー(南雲堂)
・キノベス!2016(紀伊國屋書店)
の全てにランクインしているとのこと。
そりゃ読まなきゃいけませんなあ(*´ω`)
井上真偽『その可能性はすでに考えた』
10年以上まえ、山奥の村で暮らしていた33人の宗教団体が集団自殺した。
地震の発生により滝が枯れてしまい、これを世界の終わりと予兆した教祖が、唯一の逃げ道を爆弾で封鎖。
信者たちの首を次々に跳ねていった。
その中で唯一生き延びたという少女・渡良瀬莉世(わたらせりぜ)が、今回の依頼人。
信者たちが首を跳ねられている最中、莉世には「ドウニ」という名の優しい少年に抱えられ、安全な祠へと運ばれている記憶が残っていた。
しかし祠で目を覚ますと、莉世の目の前にはドウニの生首と胴体が転がっていた。
莉世以外の生存者はおらず、状況的にドウニを殺害したのは莉世しかいない。
だがあらゆる条件を整理すると、莉世に犯行は不可能と断定される(ドウニ少年は、祠から離れた場所にあるギロチンで首を切断されたと判明した)。
「私が本当にドウニを殺害したのか調べてほしい」というのが今回の依頼内容です。
ズバリ、今回の謎のポイントは、
①誰が少年を殺したか
②どうやって遺体と凶器(ギロチン)を離したか
③なぜ少年は殺されたのか
の3点です。

奇蹟を求める探偵
ーーこの探偵は、ある理由により一つの妄執に取り憑かれている。
それは、「この世に奇蹟が存在する」という妄執。
彼の探偵活動はほぼその「奇蹟の存在証明」のためにあるといっても過言ではない。それさえなければ非常に才気に富む男なのだが、この一つの大欠点が他の美点をことごとく殺している。というより、奇蹟の存在を信じている時点で、探偵としての資格を放棄しているに等しい。
P.78より引用
今作の主人公、上苙丞(うえおろじょう)という探偵は、「奇蹟」に出会うために探偵活動をしています。
つまりは、事件においてのあらゆる可能性を否定し、その事件が「奇蹟」であることを求めているわけです。
かの名探偵は『不可能なものを排除していき、残ったものがどんなに信じられないものでも、それが真実である』と述べましたが、上笠はまさにその逆をいく探偵。
『あらゆる可能性を排除していき、その事件が絶対にありえない「奇蹟」である』ことを証明していくわけです。
普通、探偵というものは「どんなトリックが使われたか」を見破らなきゃいけないのに、上苙は「そのトリックはありえない」と否定していくわけですからね。
変人ですね。
で、依頼を受けた後、あらゆる手段で事件を調べまくった上苙。
そして出た結論は。
「改めて報告します、渡良瀬さん。今回の事件はーー」
報告書の表紙に手を置きながら、探偵が昂りを隠せぬ声で言った。
「ーー『奇蹟』でした」
P.85より
念願の『奇蹟』おきちゃったーー!!!
めっちゃ嬉しそー!
というわけで、上笠が推理した結果、この事件は『奇蹟』だったことが判明しちゃったんです。
この時点で上笠は、ありとあらゆる可能性を考え、排除してしまったのです。この事件は完全なる不可能なものであると。
はい、オメデトウゴザイマス!。
めでたく事件終了!!……というわけには当然いきません。
現れる宿敵たち
この事件は奇蹟である、と答えを出した上笠に「奇蹟なんてあるわけがない」と反論する者たちが現れます(当然です)。
彼らは、このトリックを使えば事件は奇蹟ではなくなる、という可能性を証明していきます。
例えそれがあり得るはずのない、とんでもないトリックだとしても。バカミス中のバカミスであっても。
これは圧倒的に敵側が有利な勝負なのです。
たとえ成功確率0.1%以下のトリックであっても、偶然に偶然が重なったとんでもない理由だとしても、わずかな「可能性」さえあれば敵側の勝ち。
その可能性を完全に否定できなければ、探偵側の負けなのです。
成功率が100回に1回だとしても、その可能性さえあれば相手の勝利。
対しこちら側は、その可能性が絶対にありえないという証拠を提示しなけらばならない。
これがどれだけ大変なことか。
相手側のとんでもない主張に対し、「いやいや、普通に考えてそんなことあるわけないじゃないですか」ではダメなんですよ。
ちゃんと論理的にその可能性を否定しなければならないのです。
しかも相手側の考えるトリックが本当に面白い発想で、思わず笑っちゃうくらいんですけど、これを冷静に「その可能性はありえない」と論破する上笠が天才すぎる。
怒涛のラストスパートをご覧あれ
もうね、反論の反論の反論しまくりで、推理が意味わからないくらいすごい。
理解しようとするのにめちゃくちゃ脳のエネルギーを使います。
今までのあらゆる謎と推理が一つに収束していく様は圧巻です。何度も読み返しちゃいました。
果たして、この事件の真実は。
『探偵が早すぎる (上) (講談社タイガ)』もそうですが、井上真偽さんにはこういう斬新なミステリを書き続けていただきたいですねえ。
キャラクターも内容的にも癖のある作品ですが、推理することについては本格ミステリしてます。完全に不利な状況での推理合戦は本当に面白い。
ミステリがお好きであれば、純粋にオススメする作品です。
続編もすでに出てますので、続けてどうぞ(*´ω`)ノ
こんなに設定が魅力的なミステリは滅多にないですよね。終盤のあの展開も合わせて、多重解決の傑作中の傑作だと思います。論理の面白さを極限まで突き詰めた、メフィスト賞出身らしい人だなって。こういうのを連発してほしい。誰になんと言われようと読み続けるから。メフィスト賞といえば、新しいのがまた出るらしいですね。癖が強いといいなと楽しみにしてます。自分変態か(笑)
本当に傑作だと思いますよ。この設定であれだけの論理的な推理合戦を書ける作家さんなんて滅多にいないでしょう。井上真偽さんにはこの道を突き進んでいただきたいですね。
いやーほんとメフィスト賞は毎回楽しみなんで、私も何よりクセの強さを期待してますよ笑