【自作ショートショートNo.73】『人間貯金箱』

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ジイ氏は相当な資産家なのだが、周りの者たちが呆れるほどにケチな男だった。

また人嫌いとしても知られており、彼は自分以外の人間をまったく信用していなかった。

そんなわけだから、いつ財産を盗まれるかも知れないと常日頃から警戒していた。

自宅のセキュリティは万全にしていたし、金庫には何重もの鍵をかけている。ジイ氏はケチではあったが、泥棒対策には金を惜しまないのだ。

ただそれでも完全に不安を拭い去ることはできないでいた。

出かけた時は留守中の家に空き巣が入っているんじゃないか、家にいる時には就寝中に誰かが忍び込んでくるんじゃないかと、そんなことばかり考えてしまうのだ。

この財産を肌身離さずに持っていられれば、どれほど安心できるだろうと彼は思う。

そこで色々と考えてはみたものの、莫大な財産を常に持ち歩く妙案など思い浮かばない。かといって今のままの状態では気の休まる時がない。

「こうなったら悪魔にでもすがるしかないな、ハハッまさか」

バカバカしいと自身の考えを否定するかのように首を振る。

ところが驚くべきことに悪魔は存在したのだ。

ケチなジイ氏が金に物を言わせて取り寄せた古い文献、そこに書かれていた方法によって、彼は悪魔を呼び出すことに成功したのだった。

「我を呼び出したのは貴様か?一つだけ願いを叶えてやろう。さあ、願いを言え」

庭に描いた幾何学模様の魔法陣から、煙とともに悪魔は現れた。

ジイ氏は一呼吸おいてから口を開く。

「私は資産家だ。これまで築き上げてきた財産を誰にも盗まれたくない。できることなら常に肌身離さず持っていたいのだ。悪魔よ、もしそんな方法があるなら教えてくれ。そして私の願いを叶えてくれたまえ」

ジイ氏の言葉に、悪魔は不敵な笑みを浮かべてゆっくりと頷いた。

「我の手にかかれば、どれほどの財産だろうと肌身離さず持つなどいともたやすいことだ。では願いを叶えてやろう」

悪魔は腕を振り上げると、鋭く爪の伸びた一本の指をジイ氏の顔に突き立てた。何をされるのかとジイ氏は恐怖で思わず目を閉じる。

「貴様の願い、叶えてやったぞ」

そう声が聞こえてきて、ジイ氏は恐る恐る目を開いた。すると目の前に悪魔が手鏡をかざしていた。

「な、なんだこれは?!」

鏡に映ったジイ氏のひたいには真横にくっきりと、一本の直線が刻まれていたのだ。

口をゆがませて不敵な笑みを浮かべる悪魔に気圧されながらもジイ氏がもう一度口を開く。

「私のおでこに何をした?真一文字のこの傷はいったい何なんだ?」

「貴様の体を貯金箱に変えてやったのさ。ひたいにあるのが貯金箱の投入口だ。そこから金を入れる。自分の体内に金を貯めておけば、肌身離さず持っていられて安心だろうさ」

「私の体が貯金箱に?!」

ジイ氏の言葉に悪魔が大きく頷いた。

それからというものジイ氏は金が増えるたびに、ひたいの投入口に放り込むようになった。

どういう仕掛けかは分からないが、入れても入れても体が重くなることもなければ体形が変わることもなかったのだ。

これで安心して眠れる、悪魔に頼んで良かったとジイ氏は思った。と同時に、次第に体内に金が貯まっていくことに喜びを覚えるようになっていった。

それから数年経ったある日のこと、この頃には体内に相当な額が貯まっていた。そこからジイ氏は不動産を購入するための資金を取り出そうとした。

ところがその方法が分からない。ケチなジイ氏はこれまで貯金するばかりで取り出したことがなかったのだ。

貯めた金を体内から出すにはどうすればいいのだろう。ジイ氏はその方法を聞くため再度、悪魔を呼び出すことにした。

幾何学模様の魔法陣から煙とともに再び悪魔が現れる。

「貯めたお金を体から取り出す方法を教えてくれ」

自分の体を指差しながら、ジイ氏が悪魔に聞く。

「容器を割ればいいだろうが」

「割る?どうやって?」

「頭からかち割るのさ」

「そんなことをしたら死んでしまうじゃないか」

「へぇ、人間はそんな簡単なことで死ぬのか。悪魔はそんなことでは死なぬぞ」

そう言って不気味に笑う悪魔に、ジイ氏はようやく騙されたことを知った。

しかし時すでに遅く、彼が金を取り出せるとしたらそれは死ぬ時だ。

愕然とするジイ氏の耳に「ブハハハハッ」と、どこからともなく悪魔の高笑いが鳴り響き、やがて消えた。

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)

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