人魚姫はバカだ、あんなにも美しい声を自ら捨ててしまうだなんて。
まんまと魔女の口車に乗せられ、脚と引き換えに声を失ってしまった哀れな人魚。
おまけにそこまでしても恋い焦がれた王子様は手に入れられず、海の泡となって消えてしまうのだ。こんなバカげた話はない。
私ならそんな愚かな取引は絶対にしない。何も失わずに幸せを手に入れる方法を見つけ出してやる。
本当にバカな人魚姫、聴くものすべてを魅了するその声を捨ててしまうだなんて。
私は自分の声が嫌いだ。アルミ缶を引っ掻いたようなこのいやらしい声。
ママは可愛らしい声だって褒めてくれるけど、ちっとも嬉しくなんてない。
そういうのってただの親バカなんだ。
あーあ、私に人魚姫のような声があればなぁ……。
「ねぇリト、ご飯ができたわよー」
あ、ママが呼んでる。
「はーい、ママ」
ママはいつも私のためにおいしいご飯を用意してくれて、眠たくなったら子守唄を歌ってくれるんだ。
私はそんなママが大好き。
だけど私だっていつまでも子供じゃない。
人魚姫は幸せになれなかったけれど、私はステキな王子様を見つけて絶対幸せになってやるんだ。
でも幸せになるためには、ただ待ってるだけじゃダメ。こっちから探しに行かないと。
愚かな人魚姫と違って、私は何も失わずに世界一の幸せを手に入れてやる。
そしたらきっとこのいやらしい声だって好きになれるはずだもの。
こうして私は幸せの青い鳥を探し求めて、大好きなママのもとから飛び立つことを決めたのだ。
とびっきりの幸福を運んできてくれるという幸せの青い鳥。
普通であればそんなおとぎ話など信じはしないだろう。
でも私は幼い頃に一度、青い鳥を見たことがあるのだ。
それは青く大きな翼を広げて、私の目の前を横切っていった。
もしあの時、私に知恵があったなら青い鳥を捕えて離さなかっただろう。
けれど残念なことにその時の私はほんの小さな子供だった。
でも今は違う。あれから身体だって成長したし、知恵もついた。
もしまた目の前を横切ったら、今度こそ青い鳥を逃しはしない。
幸せの青い鳥はどこにいるんだろう、どこへ行けば会えるんだろう。
深い森や気高くそびえ立つ山々、それともどこかの町の片隅にひっそりと暮らしているのだろうか。
まずは手始めに近くの森から探すことにした。
昼でも薄暗い森の中に入っていくと、どこからともなく獣の鳴き声が聞こえてくる。
その声にぶるぶる震えながら、恐る恐る奥へと突き進む。
進むにつれどんどんその声は大きくなってきて、やがて大合唱となってさらに私を怯えさせる。
一人じゃ心細い、けれど幸せを手に入れるためだと自分に言い聞かせ、怯えた心を奮い立たせる。
こうして森の隅々まで探してみたけれど、幸せの青い鳥は見つからない。
ひょっとしたら水辺にいるのかもしれない。
そう思った私は次に川に沿って探してみることにした。
恐ろしかった森とは違って、ちょろちょろ流れる水の音は、束の間の安心を私に与えてくれた。
キラキラ光る水面に目を凝らし、さやさやそよぐ野草の間をくぐり抜け、見逃がさないよう注意深くゆっくりゆっくり探す。
だけどここにも幸せの青い鳥はいなかった。
あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。
今頃ママは何をしているのかな、私がいなくなって悲しんでくれてるのだろうか、それとも私のことなんて忘れてしまっただろうか。
世界中を旅しながら、時々はホームシックになって涙ぐんでしまう。
そんな時はママが歌ってくれた子守唄を口ずさむ。
ママほどうまくは歌えないし、やっぱり自分の声は好きになれないけれど。
私は寝る間も惜しんで旅を続けた。
だけど幼い頃に私が見た大きな翼の青い鳥はどこにもいない。
もう死んでしまったのかもしれない、絶滅していたらどうしよう、弱気な心がむくむくと浮かび上がってくる。
それでも諦めようとは思わなかった。
幼い頃に見た記憶は、それほどまで強烈に脳裏に焼き付いていたのだ。
来る日も来る日も岩々や木々の間に目を凝らす。が、青い鳥のいる気配はない。
そろそろ険しい自然を相手にするのに疲れた私は、人恋しくなったのもあって町に行ってみようと思った。
これだけ探しても見つからないのなら、もしかすると町の誰かに捕らわれているかもしれないではないか。
「町は賑やかだなぁ」
久しぶりに人々の姿を見て、気持ちが軽くなった私は自然と子守唄を口ずさんでいた。
「パパ、あの鳥さん、きれいな声で鳴いてるね」
突如、私の体にものすごい衝撃が走った。
何が起こったか分からず、バタバタ暴れるも、何かにからめとられまったく身動きができない。
パニックに陥った私の耳に、少年のものらしい声が届いてくる。
「やったよパパ。僕、鳥さん捕まえたよ。飼っても良いよねパパ」
「もちろんさ。青い鳥は幸せを運んでくれるんだぞ坊や」
「すごーい。名前はピピにしよっと!」
違う、わ、私の名前はリトよ。ピピなんかじゃない。大好きなママがつけてくれた名前なんだから——。
自分こそが青い鳥であったリトの声は誰にも届かない。
(了)
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