「あら、お父さんどこ行ったのかしら。大変、探しに行かなくちゃ」
リョウコはごく一般的な主婦だったが、父の認知症が分かってからは一緒に暮らすようになっていた。
幼い息子の育児だけでも大変なところへ父の介護まで加わって、毎日息つく暇もない。
「はぁ、ちょっと目を離すとすぐに出て行っちゃうんだからまったく」
徘徊癖のある父を探し回り、ようやく見つけた時にはヘトヘトに疲れきっていた。
その日の夜、ぐずる息子をやっとの思いで寝かしつけたリョウコは一度大きくため息をつき、布団に潜り込んでいる夫に話しかけた。
「ねぇ、あなた。やっぱり追跡装置を買おうと思ってるんだけど。ねぇ、聞いてる?」
「ああ、聞こえてる。お前が大変なら買えばいいじゃないか」
この追跡装置というのは、対になる発信器で居場所が分かるというものだった。
一般的には防犯や安全のため、幼い子供や高齢者に発信器を装着して、追跡装置で現在地を確認するといった使い方をする。
浮気の証拠を掴むために使われることも多いようだが。
「他人事みたいに言わないでよ。少しは手伝ってくれてもいいじゃない。私は育児と介護で毎日くたくたなのよ」
「俺だって仕事があるんだぞ」
それだけ言うと、夫は早くもいびきをかき始めてしまう。
リョウコは頼りにならない夫を睨み付け、今日何度目かのため息をついた。
翌日、さっそく追跡装置を購入し、父の洋服に発信器を忍ばせる。
「これでひとまず安心だわ」
その数日後、リョウコは追跡装置を確認していた。またも目を離した隙に父が出て行ってしまったのである。
「またこんな遠くまで行ったのね。結局迎えに行かなければならないんだから」
リョウコは追跡装置を片手に家を出た。地図上で父の歩き回っている様子が分かる。
「これ本当に便利ね。あちこち探し回らなくていいから助かるわ」
ぶつぶつ言いながら、まっすぐに父のもとへ向かう。
「お父さん、帰るわよ」
隣町の公園付近で徘徊していた父を見つけ、不機嫌に言う。
それにしても負担はずいぶん軽くなったとリョウコは思う。
「追跡装置やっぱり買って正解だったわ」
そんな矢先、追跡装置の新しいバージョンが発売された。今回のバージョンでは、発信器を着けた者が危険な場所に近づくと警報が鳴る。
しかしリョウコは興味を示さなかった。
今のところ父はその辺を徘徊するだけで別段危険はなさそうだったし、万が一のことがあってもそれはそれで仕方がないと思っていたからだ。
冷たいようだが、それほどリョウコは日々の生活に疲れていたのだ。
その後も追跡装置は次々と新バージョンを展開し、そのたびに性能が上がっていった。
そしてついに最新バージョンでは、行き先を予測できるようにまでなっていた。
現在地を知らせるだけでなく、これから行くであろう場所を先読みして、地図上に示してくれるのだ。
要するにこの機能によって、迷子の子供や徘徊老人を先回りして、待ち受けることができるわけだ。
リョウコはすぐに最新バージョンを買いに走った。一体どういう仕組みかは分からないが、行き先を予測してくれるなら、追いかける必要もないので時間が短縮できる。
これは父のものだけじゃなく、息子用にも買うことにした。
現在2歳の息子は、これからさらに動き回るようになるだろうと考えてのことだった。
ところがこの最新バージョンの追跡装置、なぜか父のものだけが不具合を起こすのだ。
「あら?父は家にいるのに、また遠い場所を指し示してるわ。この場所ってどこかしら?」
息子の装置を確認すると、正しい居場所と行き先を指し示している。やはり父のものだけがおかしい。
「もしかして不良品かしら。交換してもらなくちゃ」
すぐに購入した店に電話をかけてみるが、まったく繋がらない。何度かかけ直してみるが、結果は同じだった。
「何なのよもう!店に直接文句を言いに行こうかしら」
業を煮やしたリョウコは、出かける準備をする。
と、その時、テレビから臨時ニュースが流れてきた。
『発売から数日で、最新バージョンの追跡装置にクレームが殺到しています。高齢者に取り付けた装置が見当違いの行き先を指し示す不具合が多発しているようです。この現象は全ての装置で確認されており、現在その原因を解明中——』
「まあ!私だけじゃなかったんだわ」
追跡装置の不具合が自分だけじゃないと知ったリョウコはひとまず出かけるのをやめ、ニュースの続きを待つことにした。
「電話が繋がらないのは、クレームが殺到しているからなのね」
皆が同じ目に遭っていると思うと多少は怒りが収まった。
そのまましばらく待っていると続報が流れてきたので、リョウコはテレビに集中する。
『先ほどメーカーからの公式発表がありました。最新バージョンの追跡装置に不具合はないとのことです』
「不具合じゃないってどういうこと?現に見当違いの場所を示してたじゃないの」
リョウコは首をかしげる。
『最新バージョンは性能が良すぎたのです。高齢者に取り付けた装置の行き先が示していたのは——あの世でした。ですから正しい行き先を示していたのです、皆さんご安心を……』
(了)
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星夜 行(ほしや こう)というペンネームで書いてます。
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