「これが例の魚ですか?」
「えぇ」
エス博士は水槽を漂う魚を眺めつつ、取材に来た科学雑誌の記者に答えた。
「ここにプラスチックゴミを入れると……」
エス博士がプラスチックゴミを水槽に投げ入れる。
たちまち魚が群がり、みるみるうちにゴミは消えていく。
「こいつはすごい」
「そうでしょう。この魚は海洋汚染に適応するため、プラスチックを分解する力を手に入れた。いわゆる適応進化というやつですよ」
エス博士の説明を、記者が手帳に書き留める。
「この魚の研究が、プラスチックゴミ問題解決の糸口になるはずです。私の発見が地球環境をより良くするための足掛かりになれば、これほど嬉しいことはない。今までの苦労も報われるというものですな。はっはっは」
エス博士は業界では名の知られた生物学者だった。
彼は以前から環境問題の研究に取り組んでおり、年々深刻化していく地球の現状を憂いていた。
そんな折、プラスチックゴミが大量に捨てられた海域で、プラスチックを分解する魚を発見したのだ。
☆
「これが例の昆虫ですか?」
「えぇ」
エス博士は虫かごの中を動き回る昆虫を眺めつつ、取材に来た科学雑誌の記者に答えた。
「今からこの虫かご内を有毒ガスで充満させてみましょう。ちょっと見ていてくださいね」
ガスを噴射させると虫かごが一気に曇る。が、数分と経たないうちに、みるみる曇りが晴れていく。
「こいつはすごい」
「えぇ、そうでしょう。この虫は排気ガスや光化学スモッグを分解する力を持ってるんです」
エス博士の説明を、記者が手帳に書き留める。
「我々人類にとってこの虫は救世主と言って良い。益虫なんてもんじゃない。とんでもない力を持ってますよ、こいつは」
プラスチックゴミを分解する魚に続いて、大気汚染を浄化する昆虫の発見に気を良くしたエス博士が大げさに胸を張る。
☆
「これが例の植物ですか?」
「えぇ」
エス博士は鉢に植えられた植物を眺めつつ、取材に来た科学雑誌の記者に答えた。
そのまま先に立って歩き出すエス博士を、記者が慌てて追いかける。
「この先が汚染された地域です。念の為、防護服を着用してくださいね」
「だ、大丈夫です」
「では早速まいりましょう」
そう言って、エス博士は放射能で汚染された区画に足を踏み入れた。記者もおそるおそる後に続く。
「ほら、ここにさっきのと同じ植物が生えているでしょう」
エス博士がそばに生えている植物の葉をつまんだ。
「た、確かに同じ植物ですね」
「放射能測定器の数値を見てください」
「はい」
記者がエス博士の手元を覗き込んだ。
「こ、こいつはすごい」
慌てて取り出した手帳に数値を書き込む。
「そうでしょう。これがこの植物の力です」
「信じられない」
まだ驚いている記者に、エス博士が植物を指し示す。
「信じられないのも無理はない。私だって最初はそうでしたよ。しかし現実にこの植物は放射性物質を分解しているんだ」
この植物もまたエス博士が発見したもので、核施設の周辺に青々と育っていたものだ。
「この植物があれば放射能汚染は……」
「えぇ、解決できます」
興奮する記者に対し、エス博士もまた興奮気味に力強く頷くのだった。
それ以降、世界各地で汚染物質を分解できる生物が次々と現れるようになっていった。
海や川、山や森、都会の町中に至るまで、環境汚染の進む場所に適応して生物が進化を遂げていったのだ。
この発見のおかげでエス博士の研究は大いに進み、環境問題の解決にも希望の光が見え始めていた。
これらの進化した生物が増えれば、地球に悪影響を及ぼす汚染物質をすべて分解してくれるのだ。
垂れ流しにしていたって全く問題ない。
それどころか有害な科学物質の処理にお金や時間をかける必要さえなくなる。
この世紀の発見によって、次第に人類は汚染物質の処理を気にしなくなっていった。
どうせ分解されるわけだから、それで構わなかったのだ。
実際、進化した生物たちのおかげで海はきれいになっていったし、自然も元気を取り戻していったのだ。
☆
「これが例の海水浴場の?」
「えぇ」
エス博士は海水浴場から持ち帰ったプランクトンを眺めつつ、政府関係者の男に答えた。
「このプランクトンは人間を分解できるように進化したようです」
「ま、まさか……人間を……?」
男は険しい表情のままエス博士をじっと見つめた。が、やがて諦めたのか肩を落とした。
「間違いないんだな?」
「残念ながら本当です。それ以外に人間の消える理由を説明できません」
エス博士の説明を聞いた男は、それでもまだ信じたくないと言うように何度も何度も首を振った。
それから声を絞り出すようにして言う。
「では海水浴場で人が次々と消えたのはーー」
「えぇ、進化したプランクトンに分解されたからです。人間が地球に悪影響を及ぼす汚染物質と判断されたのでしょう……」
(了)
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星夜 行(ほしや こう)というペンネームで書いてます。
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