この病院では、毎日患者ひとりひとりとの面談が行われている。
私は多くの患者を担当しているので、面談の数も多い。
その内容は人によって違うが、患者たちは皆誰もが特徴的であった。
「では、どうぞ」
私が声をかけると、最初の患者がやってきた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「今日の調子はどうですか」
「とてもいい調子です。あなたはどうですか?」
「そうですね、いい調子です。何か気になることはありますか?」
「この時期になると布団が少し暑いです。あなたはどうですか?」
この患者はいつもこうだ。
私が何か質問するときちんとその質問には答える。
そして、続けて必ず私にも同じように聞いてくるのだ。
「特にないですよ」
「本当に?何も?そんなことはないはずです」
そしてこのように、私から何かを聞き出さないと気が済まないらしく、根掘り葉掘り聞いてくる。私が具体的なことを答えるまで終わらない。
これではまるで、私が体調をチェックされているみたいだ。
「次の方、どうぞ」
二人目の患者がやってきた。
「一緒に遊びましょう」
二人目の患者も言うことは決まっていて、挨拶もしないでそう言ってくる。
私はそういった患者にも、相手を否定せず相手をしなければならない。
先ほどの患者もそうであったが、この病院では患者のやりたいことを止めない。
言いたいことを言わせる、好きにさせる、というのがルールとなっているのだ。
それが患者の精神を平穏に保つことへと繋がる、というのがこの病院の考えであった。
「何をして遊ぶのですか」
「今日は野球をしましょう」
遊びの内容は日によって違うが、体を動かすことというのは共通している。
そういうことも想定して、面談の場所は体育館くらいの大きさになっている。
野球だろうがサッカーだろうが、なんでも出来るのだ。
「野球といっても、二人でどんなことをするのですか?」
「球を投げて下さい。私が打ちます」
「分かりました」
患者が決めた場所に私が立ち、その向かいに患者が立つ。患者が手を上げるのが合図で、私がボールを投げる。
「ストライク!この距離では短すぎますね、少し遠くに」
「分かりました」
「ストライク!まだまだ遠くでもいいですね。ではもっと下がってください」
「分かりました」
「ワンバン!なるほど、この辺りが届くくらいの筋肉があるのですね。年齢と平均なみでしょう」
患者はそんなことを言いながら、ふむふむと頷く。
これもいつものことで、彼は何のスポーツをしてもスポーツの結果よりも筋力や、動体視力などを重んじるのだ。
これではまるで、私が体力測定をされてるみたいだ。
「次の方、どうぞ」
「失礼します」
三人目の患者は丁寧に挨拶をして入ってくる。
そしていつも、食事が乗ったお盆を抱えているのだ。
同時に、看護師が私の分の食事が乗ったお盆も持ってくる。
「今日も私の作った食事を食べてください」
「分かりました」
この患者とはただ一緒に食事をするだけだ。自分が作ったという食事をひとつひとつ解説して、ゆっくり食べていく。
私もそれに合わせて一緒に食事を取るのだ。
「この煮物はどうですか?美味しいですか?濃いですか?薄いですか?正直に言ってください」
食べている最中にいつもこうやって味を問うてくるのだが、最初の患者と一緒で曖昧な答えや世辞で美味しいと言うのを良しとしない。
そのため、私はいつも素直に答えることにしている。
「少し薄く感じますね」
「そうですか。では、そちらのサラダは?」
「トマトはあまり好きではありません」
「そうですか」
そんなやりとをして、淡々と食事をするのだ。
これではまるで、私が食欲や味覚などを調べられているみたいだ。
「次の方、どうぞ」
「こんにちは!今日もごっこ遊びをしましょう!」
元気よく入ってきた患者は、いつもごっこ遊びしたがる。
そのごっこ遊びというのは決まって戦隊ごっこなのだが、その内容が一風変わっているのだ。
「ではこれから、怪人手術を始める!」
患者はそう言って、私に台に寝るように指示を出す。
この患者の言う戦隊もののごっこ遊びとは、なぜかいつも怪人手術をする所から始まるのだった。
私は怪人にされる人間として振る舞わなければならず、大人しく言うことを聞いて台に寝転んだ。
この台は患者が室内に入ってくるのと同時に用意されたものだ。
とても精密につくられたごっこ遊びのおもちゃで、周りにはそれっぽい色々な機械のようなものまで付いている。
「ではお願いします」
「うむ、しばし目を閉じなさい」
患者に言われて目を閉じると、機械のおもちゃがギラギラと光っているのか瞼越しにも眩しさを感じた。
そして手や足に別のおもちゃを押し当てられ、私はただ寝ているだけだが、ごっこ遊びをするのだ。
まるで、私が体の内部の隅々まで検査をされているみたいだ。
「本日の面談はこれで終わりです」
あらからも何人もの患者を相手にして、ようやく今日の仕事が終わった。その頃にはいつも私はぐったりしていた。
だが、私はここに住んでいるため、通勤の手間がない。
この部屋にはトイレも風呂も完備しているし、私には妻や子供がいるわけではないので家は必要ない。
職場で生活しても何ら困ることはないし、むしろ、ここから看護師に頼めば何でも持ってきてくれるので、楽な生活であった。
「今日の検査はどうでしたか」
部屋の外からそんな声がする。どうやら他の医師のようだ。
私はこの部屋から出ることがないため他の医師との交流はないが、他の医師はどんなことをしているのだろう。
「実験は成功しています」
おお、この病院では実験もしているのか。
それは一体、どんな実験なのだろう。私はいけないと思いながらも、耳をそばたてた。
「今日も検査をしましたが、洗脳は完璧です」
なんと、この病院では洗脳の実験をしているらしい。
恐ろしいことを聞いてしまった。しかし一体、どんな洗脳をしているのだろう。
私は恐ろしいと思いながらも好奇心を抑えられず、話を聞き入ってしまってた。
「あの患者は、今日も自分を医者だと思い込んでいます」
ああ、なんということだ。
この病院では、患者を洗脳して医者のふりをささて実験を繰り返しているのか。
ああ、なんと恐ろしい。
つくづく、私はまともな医者でよかったと思う。
私は明日も明後日も、医者としてこの部屋で患者の相手をしていくのだ。
(了)
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星夜 行(ほしや こう)というペンネームで書いてます。
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