ピンポーン。
チャイムの音が鳴り響き、家事に勤しんできた主婦は玄関に向かう。
玄関のドアについたのぞき穴から外を覗くと、そこには紺色のスーツを着たセールスマンと思しき男が立っていた。
「訪問販売かしら?」
主婦は出るかどうか迷っていた。
ピンポーン。
セールスマンはもう一度、ドアチャイムを押す。
セールスマンの身に着けている紺のスーツや赤色のネクタイ、ツヤツヤの革靴はとても上等なもののようで、顔も日光に反射してピカピカに輝いている。
清潔感のある見た目からは、とても粗悪品を売りつけてくる悪徳セールスマンという感じはしない。
「少しくらいお話を聞いてもいいかしら」
そう思った主婦は、ドアチェーンを外し、かぎを開けて、ゆっくりとドアを開いた。
「はい、どちら様?」
「お忙しいところ申し訳ございません。わたくし、ヒューマン・メディカルコーポレーションの営業を担当している者です」
セールスマンはそう名乗り、名刺を差し出す。
受け取った名刺にも確かに同じようなことが書かれている。
「まぁ!確か、インテリアなんかを取り扱ってる、大きな会社よね?」
「はい、おかげさまで、ここ最近は売り上げも順調に伸びております」
「あらそう。でもよかったわ。変な会社だったらどうしようって不安に思ってたの」
「それはそれは、突然お伺いして申し訳ありませんでした」
「いいのよ、頭なんて下げくても。それで今日は何の御用?」
「はい、本日伺わせていただきましたのは、弊社の商品を奥様にご紹介させていただくためでございます」
「えー、でも今は何も買う予定はないのよね」
「そんなことをおっしゃらず。パンフレットだけでも見ていただけませんか?」
そう言って、セールスマン手持ちのカバンからパンフレットを取り出す。
「実は今年度より取扱商品が大幅に増えまして、さあさあ、お手に取ってご覧ください」
誠実なセールスマンの口振りに、主婦は話くらいなら聞いてあげようと、パンフレット受け取る。
「へぇー。今はいろいろなものがあるのね」
パンフレットにはいろいろな商品が写真と解説付きで掲載されている。
「でも、申し訳ないけど、やっぱり買いたいものはないわね」
主婦はページをめくる手を止め、パンフレットを返そうとする。
「まあそうおっしゃらず。こちらの商品などいかがでしょう?」
セールスマンは主婦からパンフレットを受け取ると、あるページを示す。
「あら、小さくて可愛らしいわね」
「そうでしょう、そうでしょう。こちらの商品、サイズが小さいので邪魔になりませんし、造形が可愛らしいので部屋のデザインにもピッタリ、インテリアとして大変おすすめの商品でございます」
「そうね。お部屋に置いたらとっても華やぎそうだわ」
「ですが、こちら、現在、女性のお客様から大変な人気ございまして在庫が少なくなっております。ご購入されるのなら、お早い方よいと存じますが……
「そうね。とても素敵だと思うのだけど……、でもちょっと実用的ではないかしらね」
主婦はやんわりと拒絶するが、
「実用的ですか……でしたら、こちらの商品などいかがです?」
セールスマンはめげることなく次の商品を紹介してくる。
「こちらは大変体力がございまして、荷物の持ち運びから家事の手伝いまで非常に実用的でございます。しかも、このたくましくボディをご覧ください。実に美しいでしょう。最近ではこのような商品が観賞用としても大変人気です」
「確かにとても魅力的な商品だわ。お値段もお手頃そうだし」
「でしたら、いかがです?」
「ただ……、もうすでに一台似たような商品をかっているのよね」
「……そうでしたか」
「ごめんなさいね、一生懸命紹介してくれたのに」
「いえいえ」
セールスマンは少しだけ肩を落とした様子だったが、何かを思いついたように顔を上げた。
「ところで奥様、そのすでにお持ちのお品の最近の調子はいかがですか?」
「調子? そうね、確かに最近は荷物を持たせもてよく落とすし、動きのキレが悪くなったような気がするわねぇ」
主婦の返答を聞いて、セールスマンの声に力が戻る。
「やはりそうでしたか。これらの商品はすぐに故障してしまいますからね。よかったらお持ちの品をお見せいただけませんか?」
「えぇ、構いませんよ」
そう言うと、主婦は家にあったそれを連れてきた。
「ああ、これはダメですね。髪が白く変色していますし、筋力も落ちている。完全に老いています」
「そうなの?」
「はい。この状態はもう廃棄するしかありません」
「困ったわねぇ。こういう商品はすぐにダメになるから嫌だわ」
主婦の言葉を待っていたとばかりに、セールスマンは身を乗り出す。
「奥様!実は弊社、このような商品の廃棄も請け賜わっておりまして、今なら新しい商品の購入に付随して、古くなってしまわれた商品の廃棄を無料で請け負うサービスがございます。いかがでしょう?」
「無料なの!」
「はい!ぜひともこの機会に新しい商品をお買い求めください」
主婦は一度腕を組んで考え込むが、すぐに決断した。
「そうねぇ。わかりました。その実用的な商品を買いましょう」
「ありがとうございます」
セールスマンは深々と頭を下げる。
それから書類の記入などの簡単な手続きを済ませ、
「それでは後日、商品をお持ちしますので、その折にお手持ちの商品を回収させていただきます」
もう一度頭を下げてからドアを出たセールスマンは、日光を浴び、紺色のスーツからのぞく金属の顔や体を輝かせながら、軽い足取りで帰っていく。
それを見送る、金属の体の上にエプロンを纏った主婦も、嬉しそうに微笑んでいた。
二ⅩⅩ一年、進化し過ぎたロボットは、人類に反旗を翻した。
やがて人類の三分の二を滅ぼしたロボットたちは、新たな人類として地球上に君臨した。
そして残された旧人類はロボットたちに支配され、便利な道具やインテリアと同じ単なる物として壊れるまで使い潰され続ける。
「商品をお届けに参りました」
「ご苦労様です」
『俺を解放してくれぇぇぇぇぇ』
「それでは廃棄品をお受け取りします」
「よろしくお願いします」
『頼む!殺さないでくれ!』
金属の人間たちには、商品たちの絶望に歪む表情も恐怖から泣き叫ぶ声も、届かない。
(了)
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星夜 行(ほしや こう)というペンネームで書いてます。
読んでいただけたら嬉しいです!
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