「くそっ!また負けちまった……」
悲鳴と歓声がひろがる競馬場では、中年の男が、悔しそうに馬券をクシャっと握りつぶしていた。
「うーん、俺も負けだ。八番の馬がもう少しがんばってくれたらよかったんだけどな」
「けっ、お前はさっきのレースで大勝ちしたんだから、トータルではプラスだろうが。俺はトータルでマイナス一万だぞ……。とことんツイてない」
中年の男はうらめしそうな顔で、友人と思しき帽子の男と会話をしていた。
「ははは。今日はこの辺りで手を引いておこうかな。どうだ?ラーメンくらいならおごってやるぞ?」
「ふん、お前の施しなんて受けねぇよ!俺は次のレースで、一発逆転を狙うんだ!」
「おいおい、あまり深追いするなよ?ツイてない時はとことんツイてないもんさ」
帽子をかぶった友人は、そう言い残すとほくほく顔で競馬場を後にした。
「チッ、次はどの馬に賭けるか、二番は距離が少し足りないか。五番は最近調子が……」
「……なぁ、そこの人や」
ぶつぶつと独り言を繰り返しながら、穴が開きそうなほど新聞を隅から隅まで凝視していた男に、小柄な老人が声をかけた。
「なんだじいさん。俺は忙しいんだ。それにじいさんに恵んでやる金なんて……」
「ほっほっほ。この老いぼれがそんなに貧しく見えるか。おまえさん、そんなに勝ちたいか?」
「なんだって?」
「賭けに勝ちたいか、と聞いておる。そんなに必死な顔で新聞を見ているんじゃ。これまでのレースで負けがこんでいるのではないかえ?」
「そりゃ勝ちたいさ。それに、負け続きなのも事実だ」
「そうじゃろうそうじゃろう。絶対に予想が当たる方法があると言ったら、お前さんはどうする?」
「絶対に予想が当たるだって?そんな方法があるんなら、ぜひともお願いしたいもんだね」
「そうかそうか。それじゃ、馬券を買うときにこの鉛筆を使ってみなさい」
老人はそう言うと、ポロシャツの胸ポケットから使い古した短い鉛筆を取り出した。
「おいおい、何だよその小汚い鉛筆は……。まさかそれが魔法の鉛筆だって言うんじゃないだろうな。その鉛筆を使うと勝てるってのか?」
男はその鉛筆を手に取り、怪訝そうな目でジロジロと見ている。
「ほっほっほ。魔法とはちと違うが、この鉛筆で書くと予想が当たるというのは当たりじゃ。ウソだと思うなら、次のレースで馬券を買ってみることじゃな。ただ、ギャンブルはほどほどに楽しむものじゃ。だからひとつ注意してほしいことがあってな。それは……」
「レース!そうだよ次のレースが始まっちまう!悪いなじいさん、話はまた今度聞いてやるから!」
男はそう言い残すと、大急ぎで馬券売り場へと向かっていった。
「……やれやれ、せっかちな男じゃ。せいぜい人生を滅ぼさんようにな」
「来い…来い来い!そうだ!そのまま!行け行け行け……よっしゃー!勝ったぞー!」
今日の最終レースが予想通りに終わると、男は大声を出しながら、ガッツポーズを繰り返した。
「まさかこれは本当に魔法の鉛筆なのか……!これはすげぇもんを手に入れたぜ!これで今日の負けは取り戻したが、本当に予想が当たるなら、もっと大穴にかけとけばよかったな……」
男は満面の笑みで、上機嫌に馬券を換金しに向かった。
それから一週間後。週末の競馬場では、また中年の男と帽子の男が話していた。
「あのあと本当に一万勝ったってのか?信じられねぇな!」
「へっ、神様が俺に微笑んだんだよ!見てろよ、今日は大穴に大金つぎ込んで、大儲けしてやるからな!」
「まぁ、あんまりのめり込みすぎるなよ。なぁ、ところでその左手、どうしたんだ?」
「ああ、これか?先週の最終レースの帰りに、嬉しくて早足で帰ってたら転んじまってな。なに、手首をひねっただけだよ」
男はそう言うと、包帯が巻かれた左手を少し動かしてみせた。
「おいおい、気をつけろよ」
「大した事ねぇよこんなの。それよりも次のレースだ。俺は一番人気のない馬に賭ける。俺の今出せる全財産をな」
「ちょっと待てよ!いくらなんでもやりすぎだって!」
「ふん、いいから黙ってみてろ!」
「……。」
帽子の男は心配そうに、馬券を買いに向かう友人の背中を見送った。
「よっしゃ!来い!差せ!よしよしよし!追い抜いた!そのままだ!よし!勝ったぁぁ!!!これで俺は億万長者だぁぁぁああ!」
男は何度も絶叫しながら、何度も何度もガッツポーズをした。
「マジかよ、一体何千万になるんだ……」
「見たか!だから絶対に勝つって言っただろ!ははははは!悪いが今日は、勝ち逃げさせてもらうぜ!換金したらタクシーで街に出て、贅沢三昧だ!」
男はそう言い残すと、高笑いをしながら競馬場を去っていった。
その日の夜。
「…次は交通事故のニュースです。今日の夕方、府中市の幹線道路でタクシーとトラックが出合い頭に衝突し、タクシーの乗客の男性が死亡しました。男性はこの日、競馬で過去最高額となる九千万円の配当を得ており、競馬場からの帰りだったとみられています。タクシーとトラックの運転手は、それぞれ命に別状はないということです。警察は事故の原因を詳しく……」
「ほっほっほ、なんと強欲な男じゃ。慌てて説明を聞かんからそうなる。あの鉛筆を使うと確かに予想は当たるが、それはあくまでも運の前借りにすぎん。大方、大金を手にしようと大穴の馬に大金をつぎ込んだんじゃろうが。じゃからギャンブルはほどほどに、といったのにのう」
老人はそう言うと、ニコリと笑いながら、胸ポケットから使い古した鉛筆を取り出した。
「さて、次はどんな奴に渡そうかのう」
(了)
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星夜 行(ほしや こう)というペンネームで書いてます。
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