ある男が魔神の出てくるランプを見つけた。
男が早速ランプを擦ると、モクモクと煙が立ち上って魔人が飛び出してきた。
「お前の願いを叶えてやろう」
出て来た魔人は男に向かってそう言った。
「叶えられる願いはいくつだ?」
「いくつでも構わない」
男は魔人の答えに驚いた。
「本当にいくつでもいいのか?」
こう言う場合、叶えられる願いは1つか、3つあれば御の字だからだ。
それなのにまさか、いくつでも構わないと言われるなんて。
信じられなかった男は、今一度魔人に向かって問いかけた。魔人はすぐに頷いた。
「ああ、構わない。時間さえくれれば何でも用意しよう」
だが、男はまだ疑っていた。
きっと何か落とし穴があるに違いないと思い、色々と問い詰めることにした。
「例えば、叶えた後に命を奪われるとか?」
「そんなことはしない」
「例えば、大金を支払わなければならないとか?」
「そんなこともしない」
魔人は首を振った。そして、とても訝しげな顔をして男を見たのだ。
今度は魔人が質問をする番だった。
「お前はランプの魔人の話を聞いたことはないのか?」
「ある」
「その魔人は願いを叶えた代償に、命を奪ったり大金を要求したりしたのか?」
男は首を横に振った。
「いや、何も要求はしなかった」
「ならばどうしてそんなことを聞く?」
「それはあくまで言い伝えや空想の話だ。果たして、現実にそんな都合のいい話があるのか?」
「お前は随分と慎重な男だな。だが、こんなことをしていてはいつまで経っても願いは叶わないぞ?」
確かに魔人の言うとおりであった。
色々なこと聞いたところで、それが真実かどうかは実際に試してみる他はない。
「ならば試しにひとつ、簡単な願いを言ってみよう」
仮に物を要求されるとしても、金を要求されるとしても、小さい願いならばその代償も小さいはずだ。男はそう考えた。
「では、食パンを出してくれ」
「そんな物でいいのか?」
「うむ」
「では少し時間を貰う」
魔人はそう言って姿を消した。そして男が退屈だと思うよりも早くに戻って来た。
「食パンだ」
そう言って差し出されたのは、確かに食パンであった。
「では先に食べてくれ。毒が入っていないとも限らない」
「本当に慎重だな。慎重過ぎて、大事なことを見落としそうな程だ」
「私は何も見落とさない。さぁ、食べてみてくれ」
「分かった」
魔人は自らが持ってきた食パンを躊躇なく食べた。男はじっと見ていたが、その姿に違和感はなかった。
そして、食パンを食べた後の魔人は変化なくそこに立っているだけだった。
「残りはお前のものだ」
「受け取ろう」
男は魔人から食パンを受け取った。それからしばらく、当たりを見回したり、自分の体を触ったりして何かおかしなことがないか確かめた。しかし、何も起こることはなかった。
「どうやら本当のようだ」
男はここで、魔人の言っていることが本当なのだと信じた。
「では、次の願いは何にする?」
「そうだなぁ。やはりまずは、お金だ。一生、食べるのに困らない程のお金を用意してくれ」
「分かった。では、少し時間を貰う」
魔人はまたしてもそう言って消えていった。食パンをとは違い大金ともなると、それなりに時間が掛かるかもしれない。
男はそんな風に思ったが、魔人は先程とさほど変わらない時間で戻ってきた。
「これだけあれば、一生食べるには困らないだろう」
魔人は両手いっぱいに何かを抱えていた。それは眩しい程に光り輝く、金塊であった。
「何と凄い。これだけあれば、食べるに困らないどころか一生遊んで暮らせるぞ」
「全てお前のものだ」
「ありがたく受け取ろう」
男は金塊を受け取った。もはや、何の躊躇もなかった。
「次の願いはどうする?」
「次は家が欲しい。とても豪華な家だ」
「分かった、時間を貰う」
魔人が消える。流石に、家を建てるとなると物を持ってくることは訳が違う。
そこそこの時間が掛かるだろうかと思った男であったが、魔人は男がそんなことを考えている間に戻って来た。
「これが家の鍵、そしてその家の写真だ。お前のものだ」
「受け取ろう」
魔人が差し出した写真には、まるで王様が住む城のような家が写っていた。男はすぐにそれを受け取った。
お金もある、家もある、今後の人生は何不自由なく暮らしていける。
しかも、この魔人がいれはまこれからも望むものは何でも手に入る。
男はこれ以上ない程に歓喜していた。
「では、次に要求する願いだが…」
「もう願いは叶えられない」
男がすぐさま次の願いを言おうしたところで、魔人が言葉を遮った。
「願いはいくつでも構わないと言ったではないか!騙したのか?」
「誰が騙すものか。願いはいくつでも叶えられる」
「ならばどうして、叶えられないのだ!」
男は怒り、声を荒げた。
しかし魔人は至極冷静に、こう述べたのだ。
「だが、お前にはもう時間がない」
男は首を傾げた。
「どういうことだ?」
「私は最初に言った筈だ。願いを叶える為に時間を貰う、と」
確かに魔人はそう言っていた。
そして、願いを叶える度に「時間を貰う」と言い、どこかへ消えていった。だが魔人は、すぐに戻って来た。
それを思い出して、男はハッとした。
「それは、お前の時間を貰うということだ」
「そ、そんな……」
男は途端に真っ青になった。
「お前は慎重すぎて、大事なことを見落としていたな」
魔人はそう言うと、とても嬉しそうな顔をした。
男にはもう、願いを叶える程の時間がなくなってしまった。それはつまり……。
「なんてことだ」
男はその言葉を最後に、息絶えた。
(了)
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星夜 行(ほしや こう)というペンネームで書いてます。
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