「なぁ、知ってるか?路地裏のレストランの話」
大柄で太めの男が、半分ほどになったタバコをふかしながら言った。
その正面では、小柄な男が、目を細めながらタバコに火をつけている。
「路地裏のレストラン?なんだよそれ」
「繁華街の北側にある路地裏に、いつからかレストランがあるんだってさ」
「いつからかって、最近できたってことか?」
大柄な男はにやりと笑い、小柄な男の問いに答えた。
「それが、繁華街で働く人たちも、いつできたか知らないらしいんだよ」
「なんだそれ。そんなことあるか?」
「それにな、そのレストランに入ったことある人は、誰もいないんだと。気にならないか?」
「誰も入ったことないって、マズいってことか?それとも外観がボロボロとか?」
「いや、それがな、外観はキレイだし、店の前を通ると、今まで嗅いだことがないようないい匂いがするんだよ」
「そんな店なのに、なんで客が入らないんだ?」
「だから気になるんじゃないか。きっと何かワケがあるんだよ。この前近くを通りかかった時は都合が悪かったんだが、今度行ってみたいなぁ。お前も一緒にどうだ?」
目を閉じて舌なめずりをする太めの男をよそに、小柄な男は怪訝な表情でタバコをふかした。
「うーん。なんだか不気味だな……」
数日後。
もうすぐ日付が変わりそうだというのに、週末の繁華街はとてもにぎやかだった。
どこも大繁盛といった様子で、満員で客が入れない店も少なくなかった。
「くそう。小腹が減ったのに、入れる店がないじゃないか!」
小柄な男はそう文句をこぼしながら、繁華街を南から北へと、千鳥足で歩いていた。
「うーむ、これはもう諦めてコンビニにでも寄るか、しかしなぁ。ん?」
男は急に顔を上げ、ぶつぶつとつぶやくのをやめた。そして鼻をひくひくと動かしている。
「なんていい匂いだ!こっちか?」
男は匂いに導かれるように、繁華街のはずれにある路地裏へと歩いて行った。
「いったいどこの店なんだ?こんなに美味しそうな匂いは嗅いだことがない!」
男が人気のない細道を奥へ奥へと進んでいくと、突然目の前が開け、あたたかなオレンジ色の照明に照らされた、石造りの建物が現れた。
「これはもしや、この間あいつが言っていたレストランか?」
男は、同僚が舌なめずりをしていた様子を思い出していた。
話を聞いていると不気味に感じていたが、なんとも食欲をそそられる香りにつられ、男は扉に手をかけた。
扉が開くと、中は重厚感のある木製の家具で統一された、落ち着きのあるレストランだった。
「いらっしゃいませ。一名様でしょうか?」
店の奥にあるキッチンから、低くて優し気な、男の声が聞こえてきた。
「あー、すみません、まだやってますか?」
「ええ、大丈夫ですよ。どうぞ、お好きな席に」
声に促されるまま、小柄な男は扉から一番近い席に腰を下ろした。
しばらくすると、キッチンから中年の小太りなシェフが顔を出して言った。
「どうも、いらっしゃいませ。今日は肉料理がおすすめですよ。新鮮な肉が手に入りましてね」
「これは肉料理の匂いだったのか。しかし、こんな時間に食べては胃がもたれそうだが」
「ご安心ください。無駄な脂身をそぎ落としていますので、あっさりとお召し上がりいただけますよ」
「そうか、それでは、そのおすすめをいただこうか」
「はい、ありがとうございます」
少しすると、こんがりと焼かれた肉が乗った白い皿が、テーブルに運ばれてきた。
「おまたせいたしました。こちらのソースをつけてお召し上がりください」
「おお、これはうまそうだ!さっそくいただこう」
小柄な男はナイフとフォークで分厚い肉を切り分け、鮮やかな赤色のソースにつけて口へと運んだ。
「う、うまい!こんなにうまい肉、食べたことがない!」
男はそう言うと、間髪入れずに二口、三口と、次々に肉を口へと放りこんだ。
大きな肉の塊は、ものの数分で跡形もなく消えていた。
「とてもおいしかったよ!歯で噛まなくてもいいくらい柔らかいのに、脂の重さを感じない。今までに食べた肉料理の中で、ダントツだよ」
「そう言っていただけると、光栄です。手間暇かけて作った甲斐があるというものです」
「しかし、こんなに美味い料理を出すのに、なんだって客が入っていないんだ?こんな店こそ大繁盛するべきじゃないか」
「そこまで言っていただけるとは、ありがたいことです。実は、料理に集中していただくために、お客様が一組入店されると、入口のカギを閉めてしまうんですよ。ですから、一度に何組ものお客様をお招きすることができないのです」
「ほう、そんなこだわりがあるのか。それなら仕方がないか。ところで、今日の料理は何の肉を使っているんだ?」
「はい、つい二時間ほど前まで、そちらの席に座っていらっしゃいました。大柄なので肉がたくさん取れると思ったのですが、脂身が多すぎましてね。そぎ落とすのに苦労しましたよ」
「おや、もう薬が効いてしまいましたか。もう少しこだわりを聞いていただきたかったのですが……。あなたは少し硬そうなので、じっくり煮込んでシチューにしましょうかね……。」
にこやかに笑うシェフのエプロンは、鮮やかな赤色に染まっていた。
(了)
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星夜 行(ほしや こう)というペンネームで書いてます。
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