自作ショートショート

【自作ショートショート No.10】『痩せた魔人』

もうダメなのではないかと思っていた。

どこまでも続く広大な砂漠をもう一ヶ月も歩き続け、食料も水も残りわずか、強い日差しは情けも容赦もない。

隣で双眼鏡を覗く召使いRは、何人も連れてきたうちの最後の生き残りだった。

「どうだ、宮殿は見えたか。魔法のランプのあるという古代の宮殿は?」

Rがあまりにも長い間双眼鏡を持ったままなので、私は苛立ちをぶつけるように彼に尋ねた。それでもRは返事すらしない。

私は堪えられなくなって、彼を突き飛ばし双眼鏡を覗き込んだ。

息を呑む光景が唐突に私の目に飛び込んできた。

「……宮殿だ。目指していた場所が遂に見つかったぞ!」

私は砂地に倒れ目を回しているRに見向きもせず先へ走った。召使いなど、もうどうでもいい。

徐々に肉眼でも宮殿が見えてくる。砂に半分埋もれてしまった古びた宮殿だ。

腕を広げたように左右に長い建物、その中央部に何やらキラキラと光るものがある。

私は追いついてきたRにニヤリと笑いかけた。彼は追従の笑みを返してくる。

果たしてそれは、私が追い求めていた魔法のランプであった。

私はそっとそれを手に取ると、ゆっくり全体を眺め回した。

傷一つない金色がこれを本物だと私に確信させた。

そこで私はランプをこすりながら呪文を唱えることにした。

「アブラカタブラいでよゴマ!」

そう叫ぶとランプは急に手元から離れ宙に浮かんだ。

Rは真っ青な顔で震えている。私も震えていたが、それは恐怖というよりも興奮と期待によるものだった。

ランプから白い煙が立ち上って、あっという間にそれは足のない痩せた男の形になった。

男は寝ぼけた目をしていたけれど、私を見るとにっこり笑ってこう言った。

「これはこれは御主人様、ワタクシはランプの魔人でございます。どんな願いでもたちどころに叶えて差し上げましょう。ただし願いは三つまでですよ」

「砂漠をたくさんの水が満ちた豊かな土地に変えてほしい」

と言ったのは召使いのRで、私は違うと否定した。そんなことに貴重な願いを使われてはたまらない。

喉が渇き腹が減っていた。それを解消するのが一番だ。

「まずはこの宮殿を元の立派な姿に戻せ」

私が命じると魔人は「承りました」と厳かに頷いて、大きく息を吸い込み始めた。

さすがは魔人、すごい力だ、地面が揺れる。そうするうちに緑色の光の粒が引き寄せられ、彼の口の中に入った。

こうして金色の体になった彼がふうと息を吐き出すと、一瞬強い風が吹き抜けて次の瞬間、私は光り輝く宮殿の中に立っていた。

目の前には大量の料理と酒、私は迷わず飛びついた。

久しぶりの美味い食事を堪能しながら、私は次の願いを考えた。

そうだ、迷う必要なんてないじゃないか。私は金銀財宝を願うことにした。

しかしここでまたRの横槍が入る。彼は遠慮しているのか恐れているのか、すぐ手の届くところにある食事に少しも手を付けていなかった。

「ランプの魔人様、どうか我が母国で起こっている戦争を止めていただけないでしょうか。まだ幼い弟や妹のことが心配なのです」

私の堪忍袋の緒が切れた。Rを蹴り飛ばし、私は”正しい”願い事を魔人に伝えた。

魔人はまた光の粒を吸い込んで、宮殿の広場に山のような宝物の数々を出現させた。これで私は世界一の大金持ちだ。

だが私の欲望はこの程度では収まらない。願いはあと一つしかない。

私は悩んだ。「美女を百人」、「素晴らしい音楽の奏者たち」、「世界を牛耳るための不死の軍団」……。

数時間悩み続けた。叶えられる望みはたった一つなのだと思うと簡単には決められない。

私にはまだまだたくさんの欲しいモノがあるというのに。

一つでなければいい、その発想が素晴らしいアイディアを閃かせてくれた。私は待ちくたびれた様子の魔人に願った。

「魔法のランプをもう一つくれ」

これにはさすがの魔人も意表を突かれたらしい。顔に張り付いたような笑みもこの時は鳴りを潜めて、彼はしばらく渋い表情でブツブツと何かを呟いていた。

考える時間を与えてはダメだと私の商売の勘が訴える。私は少し不機嫌な様子を装ってムッツリとこう言ってやった。

「なんだ魔人よ、御主人様の願いだぞ。早く叶えてみせてみろ」

急かされた魔人は結局考えるのをやめて、新しい魔法のランプを創り出した。

それからは魔人も吹っ切れたのだろう、私が二つの願いを叶え、残りの一つを新しい魔法のランプのために使うと言っても躊躇することはなくなった。

私はそれを繰り返し、思う存分願いを叶え続けた。

魔法のランプが10個になる頃、私はとうとう思いつく限りの望みを叶え終えた。

気づくと魔人が驚くような巨漢になっていた。どうやらあの光の粒が彼にとっての栄養になるらしい。

さて、あらゆる夢を現実にした私だったが、なぜか心が満ち足りていない。

理由を考えて、ふと五年前に残してきた妻と三人の息子たちのことを思い出す。

そうか、今の私に足りていないのは家族の温もりなのだ。

私はこれも魔人に頼むこととした。彼は眠そうにあくびをしていた。

「なあ魔人よ、私の故郷にいる家族たちをここへ呼び寄せてくれないか」

今までの願いと比べれば些細なことのはず、だが彼は首を横に振った。

「御主人様、申し訳ございません。そればかりはワタクシにも出来ません」

どうしてかと尋ねても魔人は「どうしても」と言うだけで一向に埒が明かない。

仕方がない。私は召使いのRに言いつけることにした。

金も、昼夜休まず風の速さで駆ける銀の馬もある、これなら妻たちもさほど苦労せずここまでやってくることが出来るだろう。

だが、いくら呼んでもRからの返事はなかった。横に控えていたはずなのに姿も見えない。

不思議に思い、魔人に私の召使いを知らないかと尋ねた。

彼はにっこり笑って自分のたるんだ腹を指差した。あの光の粒が何千万と吸い込まれたあの腹を。

魔人は一つ大きなゲップをして言った。

「アナタの願いはアナタにとって大事な人の命と引き換えに叶えられたのです。ごちそうさまでした。アナタのご家族、召使い、そして世界中の人々の魂は大変美味でございましたよ。では、ワタクシはお腹いっぱいになりましたので」

そのまま魔人は浮かび上がって空の彼方へ消えてしまった。

私の本当の幸せをその体に宿したまま。

(了)

 

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星夜 行(ほしや こう)というペンネームで書いてます。

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anpo39
年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)
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POSTED COMMENT

  1. チョコ より:

    anpo様お久しぶりです♪anpo様の紹介して下さるミステリー作品は私の嗜好にとても合っていて、遅読の私は追いつかず、読みたい本リストが増え続けています♪
    また、最近はanpo様のショートショートも楽しいです。必ずどんでん返しが仕込まれていて、発想の多彩さが凄すぎます。私の中でanpo様は令和の星新一です♪
    ところで、東京創元社が不定期に行っているゲラ読みキャンペーンをご存知でしょうか?過去にはアンソニーホロヴィッツの『メインテーマは殺人』や『その裁きは死』などがあったそうです。たまたま東京創元社のお知らせをみていたら、今回は『カササギ殺人事件』の続編の『ヨルガオ殺人事件』のゲラ読みキャンペーンをやっていました。9月発売の『ヨルガオ殺人事件』読みたい!アティカスピュントがまた登場するのが気になる!と思って応募した所、当選してしまったのです♪ゲラって初めてみたのですが、A4用紙400枚以上のとんでもない量の紙の束でした(汗)。anpo様も興味がありましたら、是非ゲラ読みキャンペーンに参加してみて下さいね♪

    • anpo39 より:

      チョコさんお久しぶりです(*’▽’*)
      ブログを読んでいただいてありがとうございます!
      星新一は私の憧れの人なので、令和の星新一なんて、それほど嬉しい言葉はございません!ありがとうございます!
      『ヨルガオ殺人事件』のゲラ当選したのですか!すごいですね、おめでとうございます(*´꒳`*)
      私もぜひ読みたいので、ゲラ読みキャンペーンに参加してみてたいと思います。素晴らしい情報をありがとうございました!

      • チョコ より:

        anpo様ありがとうございます♪ゲラはA4用紙なのですごく読みづらいです♪
        そうだったのですか♪星新一は教訓や社会問題などがブラックジョークに包まれていて、私も一時期とてもハマりました♪
        そういえば、Webミステリーズのサイトみると、市川憂人の新作『ボーンヤードは語らない』がいつの間にかでてたり、今村昌弘『兇人邸の殺人』が29日に発売みたいですね♪今村昌弘の新作はWebミステリーズで冒頭30ページくらい無料で読めるキャンペーンやってます♪館の地図みるだけでワクワクしますよ♪

        • anpo39 より:

          確かにA4用紙だと読みずらそうですね笑
          でもぜひ読んでみたいです!

          私も今村昌弘さんの『兇人邸の殺人』の発売はとても楽しみにしています!
          Webミステリーズで冒頭30ページくらい無料で読めるんですね!早速読んでみます
          嬉しい情報をありがとうございます♪
          館の地図って私も大好きです。なんであんなにワクワクするんでしょうねえ(*´꒳`*)

          • チョコ より:

            anpo様こんばんは♪先程やっと『ヨルガオ殺人事件』読了しました。上下巻900ページでした。基本的な構成は『カササギ殺人事件』と同じで本編と作中作がリンクする形です。主人公のスーザンを始めとする前作の登場人物の後日談が楽しかったです。とにかくラストがとんでもない事になってます。思わずやられたー!!と叫びそうになり、暫く放心状態でした。さすがアンソニーホロヴィッツ♪おすすめです♪♪

  2. anpo39 より:

    チョコさんこんばんは!
    『ヨルガオ殺人事件』面白そうですね〜羨ましいです(*’▽’*)
    ラストのとんでもない事がとても気になります!
    さすがアンソニーホロヴィッツですね。
    私も早く読めるよう準備万全にして待機しております!

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