塾講師の片山敏彦は、絶世の美青年であることから生徒からモテモテで、ゆえにストーカー被害を受けることもあった。
しかし一ヶ月前に始まったストーカーは、今までとは明らかに異質なものだった。
ねばつくような視線、妄想に満ちた手紙、長身で長い黒髪の女性の影。
自分の手には負えず、片山は心霊現象の専門家・佐々木るみに相談するが―。
一方るみの事務所では、小学生から都市伝説「ハルコさん」における相談も受けていた。
夢の中でハルコさんに「自殺した息子を探せ」と脅されるというのだ。
ストーカー被害と都市伝説、一見全く異なる相談だが、やがてこれらがおぞましい形でリンクしていることが判明し―。
ストーカーと怪異の合わせ技がすごい
『漆黒の慕情』は、『異端の祝祭』に続く「佐々木事務所シリーズ」の第二弾です。
『異端の祝祭』も怖かったですが、今作は輪をかけて恐ろしくホラーな見どころ満載です!
まず序盤からして、不気味な雰囲気が漂っています。
美形の塾講師・片山のもとに、ストーカーから狂気じみた手紙が何度も届くのです。
自分のことを片山の妻だと思い込んでいる上、片山に近づく者はたとえ塾の生徒でも許さないし殺すという、かなり妄執に満ちた内容です。
しかも単なるストーカー行為ではなく、怪異現象までセットになっているからより恐ろしい!
ねばつく視線が四六時中続き、振り返っても誰もおらず、ふと長い黒髪の女性の影が通り過ぎたと思ったら、気が付けば自分の腕が開放骨折(骨が肉から突き出る骨折)で、見るも無残な状態になっている…。
怖すぎませんか!?
こういった怪異現象は、やがて片山の生徒や同僚にも及んでいきます。
怖くなった片山は、心霊相談を受け付けている旧友・佐々木るみを頼るのですが、ここでまた怪異現象が。
るみがストーカーからの手紙を破ると、その途端るみの手の平に、スパァーーーッ!と一直線に切り傷が入り、血がしたたるのです。
刃物が仕込んであるわけでもなく、手がひとりでに裂けて血が噴き出るとか、想像するだけで怖いです。
るみが言うには「相当パワーのある術者による呪詛」とのことで、ここから物語はますますおどろおどろしく展開していきます。
覚悟しておいてください、まるで降りることのできないジェットコースターのような恐怖に苛まれることになるんです!
ミステリー要素で先が気になってたまらない
佐々木事務所では、片山からの相談とは別にもう一件心霊相談を受けます。
小学生からの相談で、学校で流行している都市伝説の「ハルコさん」が夢の中に出てきて、
「自殺した息子を探せ。7日以内に見つけなければ、地獄に連れて行く」
と脅してくるそうです。
都市伝説というとやや陳腐なイメージがしなくもないですが、これが全くそのようなことがないのです。
何が怖いって、ハルコさんの見た目が長い黒髪をした長身の女性でして、これは片山が見た黒髪の女性の影と同じです。
しかもるみも、片山に届いた手紙を霊視した時に、その姿を確認しています。
つまり怪異なストーカー事件と、ハルコさんの怪談は、繋がっているわけですね。
一体どのような繋がりがあるのか、このミステリー的な流れが、ページをめくる手を止めさせてくれなくなります。
異様な姿で近寄って来るハルコさんとか、もう本当に怖いのに、先が気になって気になって読まずにいられないのです。
ホラー・ミステリー、おそるべし!
それから、「ごりごりごり」という擬音語。
物語がある程度進むと、たびたび目にするようになるのですが、これがもう怖くて怖くて。
この音が出てくるたびに背筋がゾクゾクして、悪い予感しかしなくなります。
この恐怖心は読了後も続きますし、今後どこかで「ごりごり」という文字を見るたびに思い出して怖くなってしまいそうなくらい、トラウマ級の恐怖として心に根付きます。
この怖さは実際に読んでみて初めて分かると思うので、恐怖大好きな方は、ぜひぜひ『漆黒の慕情』を読んでみてください!
種類の異なる恐怖が休まず襲ってくる
『漆黒の慕情』は、様々な恐怖が巧みにミックスされた作品です。
作者の芦花公園さんによると、本書のテーマは「ストーカー」「都市伝説」「母親」だそうで、これらにはそれぞれ別の怖さがあります。
ストーカーはいわばリアルな恐怖であり、傷害事件や場合によっては殺人など現実的な被害が起こりかねないため、目に見えない怪異よりもある意味怖いです。
対して都市伝説は、理屈では説明しづらく、対処もできず、現実ではないからこその怖さや気味の悪さがあります。
そして母親は愛情ゆえの執念が狂気を生み出し、呪縛へと発展してしまうため、やはり怖い。
元が愛情ですから否定しづらく、簡単には切り離せないところも怖さの理由ですね。
この性質の異なる三つの恐怖を絶妙に絡み合わせた作品が、『漆黒の慕情』です。
どのページをめくっても、いずれかの恐怖が(あるいは複数がセットになって)出てくるので、気を抜く暇がありません。
逐一ゾクゾク、ギクギクさせられて、最後の1ページまで怯えながら読むことになります。
そして個人的には『漆黒の慕情』にはもうひとつ別の怖さがあると思います。
ある登場人物が、怖いのですよ。
ストーカーでも怪異でも母親でもなく、その人物がとにかく恐ろしい…!
よもやあんな異常性があったとは、読み始めた時には思いもしませんでした。
このように『漆黒の慕情』は、連続して襲ってくる恐怖はもちろん、ギョッとするような意外性も楽しめる作品です。
もちろん、るみや助手の青山、凄腕の霊能者・物部といったおなじみのキャラクターも活躍するので、そこも見どころですよ。
ホラー・ミステリーが好きな方、シリーズのファンの方には、とにかくおすすめの一冊です。


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