昆虫好きでコミカルな探偵・魞沢(えりさわ)泉が主人公の短編集・第二作目。
2021本格ミステリ・ベスト10で2位となっただけあり流石に面白いです。
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前作『サーチライトと誘蛾灯』を読んでいなくても十分に楽しめるのでご安心ください(*゚∀゚*)
櫻田智也『蝉かえる』
表題作の『蝉かえる』では、山形県の架空の村が舞台。
さかのぼること十六年前に災害ボランティアとしてこの村にやってきたことのある糸瓜京助は、災害ボランティアとして活動していた時に幽霊に遭遇していた。
いきなり昆虫食の話をし始める魞沢たちに戸惑いを覚える糸瓜だったが、徐々に遭遇したという幽霊の話をし始める。
一見すると幽霊を主題にしたオカルト・伝奇ものの話として展開すると思いきや、最後のどんでん返しで見事にそれがひっくり返される驚きがあります。
二作目の『コマチグモ』は二つの事件が交錯する物語。
団地で倒れている人がいるという通報を受けて現場に向かっていた救急車は、その途中で車にはねられて倒れている中学生に遭遇します。
中学生は後続の救急車に任せて団地に急行した救急車ですが、実は両者の事件には繋がりが。
車にはねられる寸前の中学生に話しかけていたのが、かの魞沢泉で……。
母娘の愛憎劇が、二つの事件を通して描かれた作品です。
本シリーズの前作の登場人物を再登場させて不可解な状況での死について書かれたのが、第三作目の『彼方の甲虫』。
ミスリードをうまく使用して驚きの展開を見せており、表題作と同じくらいすっきりとした読後感の短編です。
四作目の『ホタル計画』以降はついに主人公である魞沢の人間性が描写され始めます。
失踪した旧友を探す編集長を中心として、とある社会問題に踏み込みながらも鮮やかに伏線を回収しその上でヒューマンドラマとしての魅力もあり……と盛りだくさんの内容。
それでいて無理のない、むしろ傑作となっているのですから驚きです。
最後の『サブサハラの蠅』は、一見しただけでは何が起こっているのかわからない事件の真相を解明する「ホワットダニット(=What done it、何が起こっていたのかを主題とするミステリー小説)」形式の短編。
四作目に引き続き魞沢の内面の描写にも力が込められており、『サブサハラの蠅』まで読むことで、彼がどのような半生を送ってきたのか・なぜ今の探偵のスタイルに落ち着いたのかという理由が明らかにされます。
後半のオチは比較的予想が付きやすいものの、とある社会問題について正直に描かれており、そういった点でも読み応えのある短編です。
前作よりパワーアップしている面白さ!
本作はシリーズものの第二作目ということで、前作の時点では単なる「探偵役」としての役割を全うしているだけに見えていた主人公の「人間性」というものがクローズアップされています。
話を進めるための狂言回しが人間性という深みを手に入れたことで、シリーズものの主人公として耐えうる魅力を備えたと言っても過言ではないでしょう。
前作同様各話にはそれぞれ昆虫が関わってきており、魞沢の知識もふんだんに披露されるものの、それが少しも鼻につかないのは彼の魅力あるキャラクター性ゆえ。
本作の前半二作のように主人公があまり表に出てこず、謎の解明役としての役回りを果たすために出てくる小説から、彼自身の内面に迫るような作品まで、幅の広い作品を書けるのがこの作者の魅力ですね。
なんというか、もっと魞沢の推理や事件に巻き込まれる様子を見てみたい、と思わせてくれるんです。
前作『サーチライトと誘蛾灯』に比べ全体的にレベルアップしている印象を受けましたね。
帯に「ホワットダニット(What done it)ってどんなミステリ?」と書いてあるように、よくあるWho、How、Whyとは違うWhatも非常に面白いんです。「何が起こっている」「何が起きている」と考えながら読み進めていくのがたまらないのです。
本格的な内容ながら軽快で読みやすい文体で全体の文章が書かれており、常日頃からミステリー小説をよく読むという方はもちろんのこと、普段はあまりミステリー小説を読まないという初心者の方まで、安心してオススメできる作品です。
ちなみに主人公は昆虫マニアという設定ではあるものの、読者は特に昆虫の知識が無くても話が追えないということは決してありません。
虫が苦手という方でもそんなことが気にならないくらい面白い作品となっています。
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