下村敦史さんの『生還者』が文庫化しました。
最高に面白いです。山岳ミステリーってこんなに面白いんだ、と思わせてくれます。
下村さんといえば乱歩賞を受賞した『闇に香る嘘』をはじめ、京都ミステリー『告白の余白』、警察小説『叛徒』など今の所ハズレなしの面白さを誇る作家さん。
で、そんな下村さんは今のところ山岳ミステリーを2作書いているのですが、どちらも本当に面白い作品なんですよ。
今回はそのうちの一つ『生還者』を簡単にご紹介。
雪崩の事故から二人の男が奇跡の生還をする。しかし、二人の証言は真っ二つに別れた。果たしてどちらが本当のことを言っているのか?という謎を軸にした山岳ミステリーです。
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『生還者』
増田直志の兄がカンチェジュンガ登山中に雪崩に巻き込まれて亡くなった。
遺品を調べてみると、兄のザイルには人為的に切断したと思われる鋭利な切れ込みがあった。
兄は誰かに殺されたのではないか?
そもそもなぜ、四年ものブランクがあるのにカンチェジュンガという難易度の高い山に登山したのか?
と、疑問を抱く増田。
そんなある日、その雪崩から生還者が見つかったという報道が流れる。
名前は高瀬正輝。
彼は単独で登山し、ビーコン(登山用の捜索機器)を所持していなかったため注意深くなっており、雪崩の被害が少なくて済んだ、と言います。
さらに。
猛吹雪に見舞われ遭難していた時、出会った登山隊(増田の兄もいた)に助けを求めたが「俺たちは関係ない」と突き放されたとのこと。
そんな絶望していた高瀬を救ったのが、先ほどの登山隊にいた「加賀谷」という男性だったという。
加賀谷は仲間のひどい言動にうんざりし、高瀬を助けるために戻ってきたようで、食料まで分けてくれた。加賀谷さんは命の恩人だ、と。
そして一緒に下山している時に雪崩に巻き込まれ、自分だけが助かってしまったと言います。
この報道によって、加賀谷という男性は英雄扱いされることになります。
ここで、まず増田は違和感を感じます。
高瀬は途中で出会った登山隊に見捨てられたというが、山を愛してやまなかった兄がそんなことをするはずがない。
そもそもビーコンを持たないでカンチェジュンガを登山するなんてあり得るのか?、と。
二人目の、生還者
しかしその数日後、行方不明だった登山隊の一人・東恭一郎が救出されたことをキッカケに、物語は大きく動き始めます。
なんと東は、高瀬が言っていることは全て嘘だと言うのです。
加賀谷は吹雪に見舞われた時、自分たちの食料を奪って逃げた卑怯者だ。
加賀谷がそんなことをしなければみんな助かっていたかもしれない。なのに、そんな加賀谷が英雄扱いされているのが許せない。
そもそも登山中は高瀬どころか誰にも出会っていない、と。
さて、謎を整理ましょう。
まず増田の兄の謎です。
①四年前の遭難事故をキッカケに山登りを避けていた兄が、四年ものブランクを経てなぜカンチェジュンガに登ったのか。
②兄の遺品のザイルに傷がつけられていたのはなぜか。
③兄は本当に事故で死んだのか。誰かに殺されたのではないか。
続いて高瀬の証言。
①ビーコンを持たず単独で登山中、吹雪に見舞われる。
②そのとき出会った登山隊に見捨てられ、加賀谷に助けられたという。加賀谷はビーコンを持っていたと主張。
東の証言。
高瀬とは会っていないと主張。
加賀谷は登山隊の食料と装備を奪って逃げた。人を見殺しにする卑怯者だ。加賀谷はビーコンを持っていなかったという。
さらに、その加賀谷についての謎。
加賀谷は妻に「断罪が必要なんだ」と言い残し、妻と赤ん坊を残してまでカンチェジュンガに登山。なぜ?「断罪」とはなんのことか?
多くの魅力的な謎がありますが、大きなポイントとなるのは
①兄は事故で死んだのか、他殺なのか?
②高瀬と東、真っ二つに別れる二人の証言はどちらが正しいのか?
ということですよね。
とにかくこれが気になって一気読み。
これだけでも十分謎が多いのに、読んでいる間にどんどん新たな謎が浮かび上がってくるという素晴らしさ。
これ本当に回収できるの?ってくらいに。
でもね、しちゃうんです。全ての謎が一気に回収されていくあのラスト。巧すぎでしょ。
ミステリとして、山岳小説としての名作。
感想を一言でまとめると「下村さんすごいな」です。
平凡な感想ですみません。でもそれしかでてこない。
あらゆる謎が絡み合って、最後の最後で綺麗に収束していき、さらにそこから二転三転して、綺麗にエンディングを迎える、っていう下村さんお得意のパターンが炸裂しています。
これがこの一作品だけだったら「面白い作品だな」で終わるんですよ。
でも下村さんの作品はそれを連発している。毎回毎回面白い。だから「すごい作品だな」というより「すごい人だな」と思わされてしまう。
じゃあ『生還者』という作品に対してどのような感想を抱くかというと、「ミステリとして、山岳小説として抜群に面白い」としか言いようがありません。
山岳ミステリーっていうと「難しそう」とか「重たそう」「読みにくそう」というイメージがある方もいらっしゃるかもしれません。
そんな方こそ、この『生還者』を。
予想を裏切るほどにとにかく読みやすいです。かといって「内容が軽い」わけではない。このバランスも凄いんですよ。
もちろん、登山のことなんて全くわからない素人でも十分すぎるくらいに楽しめます。
まだ下村さんの作品を読んだことがない方、『闇に香る嘘』やその他の作品を読んで「面白いな」と思ったことがある方、山岳ミステリーをあまり読んだことがない方、そんな全ての方におすすめさせていただきます。

コメント
コメント一覧 (10件)
先日買いました!
まだ、読んでいないんですが(T_T)
下村敦史さん、今、個人的にブームで、
少しずつ揃えてます。
うん、紹介見てたらやっぱり早く読まないと!って、思いました。
設定からして、ハラハラしますね。
読んだらまた来まーす!
hitomiさーん!
お。ナイスタイミング!
下村敦史さんやっぱり面白いですよね。ほんとに話の組み立て方がお上手。『生還者』もまさに下村さんって感じで。
ぜひぜひ読んじゃってください!ご感想をお待ちしております!( ゚∀゚)
生還者だあ! 僕はこのサイトの紹介で下村敦史さんにハマりました。良い出会いだったと感謝しています。そんな下村さんの生還者、僕も大好きです。下村さんはとても上手いですよね。技術というかテクニックというか。描写も分かりやすく、山の初心者でも入り込みやすかったです。そんな生還者が文庫化しました。このサイトで闇に香る嘘が紹介されていたあの日を思い出します。下村さんの作品の感動を分かち合える人に出会えて嬉しいです!
生還者です!
そうなんですか!お気に召していただけて私も嬉しいです。
下村さんは本当にお上手ですよね。『生還者』は特に下村さんの持ち味が生かされていると思います。
山岳に全く詳しくなくてもスルスル読ませるわかりやすさ、ストーリーの面白さ、二転三転する展開、素晴らしいです。
闇に香る嘘も面白かったですねー。私も下村さんの面白さを共感できて嬉しいです!ありがとうございます!( ´∀`)
こんにちは!「生還者」文庫になっていたんですね!早速購入せねば。単行本で既読済みですが、紹介にある通り、ミステリーとしても山岳小説としても傑作ですよね。下村さんの作品で一番好きです。「失踪者」の熱い男の友情も燃えますが、「生還者」の完成度の高さは本当に素晴らしいですよね。
りかさんこんばんは!
そうなんです、つい先日文庫化しました!
私も単行本で読んだのですが、文庫化記念にこれはご紹介せねば!と購入してしまいました。
ほんと、改めて読んでも山岳ミステリーとして傑作だと思いました。本当に巧いです。
こりゃハマっちゃいますよね〜(ノω`*)
キター!(゚∀゚)私も先日本屋で、あ、文庫化されてる!と買いました。早く読まなくては。
私も、他の方と一緒で、こちらのブログで下村敦史さんを知って、「闇に香る嘘」でどハマりしました。告白の余白も好みでした。。。自分が京女なものですから、ちょっと複雑な気もしましたが(笑)
今は身近な友人に「闇に香る嘘」を貸し付けて愛読者を増やそうと試みているところです( ̄∇ ̄)
キマシター!(゚∀゚)
そうなんですか!ありがとうございます。「闇に香る嘘」を読んだらハマるのは無理ないですよね〜。他の作品も面白いですもんね。
あらそうなんですか!それじゃあ『告白の余白』は特別な読書体験になりますね。笑
というか京女って憧れてしまうんですけどなぜでしょう。。羨ましいです笑
もう無理やり貸し付けちゃいましょう!( ´∀`)
私も下村さんファンを増殖させるようがんばります!
今さらコメント!hitomiです。
さっき読みました!
面白かったー。下村さんの作品はずれなしですね。
しかし、山岳がこんなに興味深いものだとは思いませんでした。
まあ、私はやらないですが(笑)
読書のほうが性にあってます(笑)
今は、秋吉さんのジゼル読みはじめましたが、終わったらまた下村作品読もうかなー!
hitomiすぅわああああん!
『生還者』面白いですよね。というか、下村さんすごいですよね。
私もこんな登山は絶対にやらないですが、山岳小説をこんなに楽しめるなんて思わなくてびっくりしました。
こういうのを読むと、私には雪山はやはり無理だと実感します。布団で読書に限ります 笑。
秋吉さんのジゼル!自分も読まなければ!
あ、でしたら、その次は下村さんのもう一つの山岳ミステリ『失踪者』で決まりですね!生還者と並ぶ面白さです(*´∀`*)ノ