『シーソーモンスター』は「螺旋プロジェクト」と言われる企画で生まれた作品。
この一冊に「シーソーモンスター」と「スピンモンスター」の2編が収められています。両方200ページくらいの小説です。
どちらも会えば対立してしまうという「海族と山族」を中心に話は進みます。
「螺旋プロジェクト」とは「海族と山族の対立」というテーマで、その時代ごとの小説を多数の作家さんが書いていくという企画なんです。
ですが、そういったテーマを抜きにしても非常に面白い小説になっております。
どう転がっていくかわからない話の展開で魅せられたと思えば、今度は王道でありながら一時も飽きることなくラストまで話が進むこともあります。
基本的にキャラクター視点で書かれているので、感情移入がしやすく、物語のドキドキ感を存分に味わうことができますよ!
『シーソーモンスター』あらすじ
北山直人は悩んでいた。
妻である宮子と母親のセツの相性が良くないのだ。
よくある嫁姑問題は昭和も終わりかけ、バブルの中であっても変わらなかった。
直人は宮子がセツと上手くやれると思っていたし、宮子自身もそう思っていた。
しかし、実際に暮らしてみると宮子とセツは些細なことでぶつかり合ってしまう。
ある日それを「古代からの因縁だ」と言う保険会社の男が現れることで宮子の意識は変わっていく。
宮子には秘密があったのだ。
また直人が務める製薬会社でも、ある不正が発覚し危険が迫り始める。
宮子と直人を次から次へと襲う危機は偶然なのか、それとも——。
嫁姑問題から話は世界規模へと発展していくエンタメ傑作。
感想、見所
嫁姑問題——これほど、誰もが関係する話題も珍しいですよね。
誰もが当事者になる可能性がある上、日常でも耳にすることが多い話題です。
その分、小説のネタにするには少し陳腐過ぎるところがあるかなと思ってました——この話を読むまでは。
『シーソーモンスター』は螺旋プロジェクトの中で、昭和後期を彩る作品です。
昭和後期といえば思い出すのはバブル。誰もが浮かれ、好景気に沸いていた時期です。
私自身はその恩恵に預かったことはないですが、昔の話を聞くと今では信じられないような話ばかりです。
そのバブル絶頂の中で蠢く陰謀と隠れた人の欲望をドラマティックに書ききってくれています。
プロジェクトのテーマである「海族」と「山族」の対立はもちろん、最初から最後まで読者を飽きさせない展開ばかりです。
「嫁姑問題で悩んでいる旦那が苦労する話か」と思っていると度肝を抜かれます!
サスペンス要素を取り入れつつ、アクションシーンもあり、最後には爽快感も味わえる。
疲れている時にこそ読みたい、くすりとほっとできるお話になっています。
『スピンモンスター』あらすじ
事故により水戸の家族は亡くなった。それは割り込んできた相手の車にも言えた。
たった一人残された水戸と相手の檜山景虎は何故か会うだけで対立してしまう。
自動車に乗ることが苦手になった水戸直正は新幹線に乗っていた。
水戸の仕事は配達人であり、手紙を人へと届けることだ。電子情報が氾濫し、重要な情報は手紙にて伝達されるようになった。
たまたま居合わせた隣の席の男が一通の手紙を水戸に渡すところから事件は始まる。
それは数十年前に約束した友人との再会になるはずであった。
ところが水戸が手紙を届けた中尊寺に巻き込まれ行動をともにすることになる。
追ってくる檜山から逃げつつ、中尊寺とともに事件を追う水戸。
やがて自分の記憶にも関係する事件へと全ては発展していき——。
ラストまで目が離せない衝撃の展開。
感想、見所
人生で忘れたい記憶は誰にでもあるものです。
不思議と覚えていたいことほど忘れて、忘れたいことほど覚えていたりします。
『スピンモンスター』は、記憶に翻弄される主人公のお話とも言えます。
過去の自動車事故によりトラウマを負った水戸は、まったく同じような立場になった檜山とどうしても対立してしまいます。
螺旋プロジェクトを知っている読者からすれば、物語のかなり前の方で海族と山族の対立だとピンときます。
自然と飲み込むように二人の相性の悪さを感じさせてくれる文章力は流石の一言です!
その二人がある事件に関わることで、「逃亡者」と「追う者」に完璧に別れてしまいます。
水戸はある目的のために自分の記憶を探しながら行動します。
逃げるハラハラ感と大きな目的のために必死に努力する姿は、次の展開が気になってついつい読む手が早くなります。
セリフにしろ、キャラのちょっとした行動にしろ気を抜くことはできません。
また、『シーソーモンスター』で登場したキャラクターも再登場し物語を助けてくれます。
同じキャラクターのその後を知ることができるというのはシリーズを読む上での大きな楽しみになりますよね!
全てのキャラクターが自分の目的とためにきっちりと行動し、美しいラストまで突っ走るイメージです。
ラストで向かい合うことになる水戸と檜山。
そしてその結末は、上手く収まった『シーソーモンスター』とはまた違う海族と山族の形を教えてくれます。
ある意味対極的な終わり方をするので、2つの話を読み終わるとジーンと来て、もう一度読みたくなりますね。
伊坂ファンならぜひ!な一冊
「嫁姑問題」と「人生のライバル」
どちらも根本になるのは、基本的に相容れることができないということです。
そこに「海族」「山族」の対立が加えられているので、多くの人にもわかりやすい文章になっていると思います。
螺旋プロジェクトを構成する話ではあるのですが、それを抜きにしてもちっとも飽きることのないエンタメ小説でした!
身近な問題から大きな問題へと発展していく様子は、もしかして私達の生活の後ろでもこういうことが起こっているのではないかと思わせてくれます。
また、争いを書きながら、逆に「争いはない方がいい」ということをずっしりと感じさせてくれる内容でした。
「争わずにはいられないからこそ、争わないように努力が必要だ」
作品を通して、ずっとこのメッセージが発せられている気がします。
海族と山族でなくても人は争ってしまうものです。
日常でも相性が悪い人間は必ずいます。
そういったものと折り合いをつける大切さを実感する一冊でした。

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