2029年、日本では人が操作しなくても自動で目的地まで走る「自動運転車」の普及により、交通事故は格段に減っていた。
便利かつ安全な車に人々は喜び、このアルゴリズムを開発した坂本社長自身、自動運転車をさせながら車内で仕事をするという日々を過ごしていた。
ところがある日、事件が起こった。
坂本が気が付くと、首都高速を走行中の自動運転車内で手足を拘束されていたのだ。
どうやら同乗している「ムカッラフ」と名乗る男に監禁されたらしい。
車内には爆弾が仕掛けられており、車の走行スピードが時速90km以下になった時や、他の車両に近付いた時に爆発する仕組みになっているらしい。
これでは自動運転を止めることはできない。
このような中でムカッラフは、坂本に嘘発見器を取り付け、尋問を始めた。
坂本は拘束された身で、窮地をいかに切り抜けるのか。
ムカッラフの目的は一体何なのか。
圧倒的なスピード感で展開していく、近未来サスペンス長篇!
監禁と尋問を全世界にライブ配信
『サーキット・スイッチャー』は、自身が開発した自動運転車に監禁された坂本の物語です。
単に車内に閉じ込められるだけでなく、状況はもっと深刻で、
・腕には手錠
・足には結束バンド
・頭には嘘発見器
が仕掛けられています。
さらに、
・車は首都高を猛スピードで自動走行中
・車内の様子は全世界にライブ配信中
・車内には爆弾が仕掛けられている
という恐ろしい状況。
逃げたり外部に助けを求めたりしたら爆発しかねないので、下手に動けません。
ただでさえ生きた心地がしないのに、ムカッラフはさらに坂本を「殺人犯」呼ばわりし、厳しく尋問してきます。
しかも嘘発見器を取り付け、誤魔化しや言い逃れをできなくするという用意周到さ。
一体ムカッラフは何が目的なのか、スリルがノンストップで襲ってくる展開に、読者はグングン引き込まれていきます。
もちろん警察はライブ配信でこの事件にすぐに気が付き、坂本を救出しようとするのですが、これがまた一筋縄ではいかないのですよ。
車内に爆弾が仕掛けられている以上、下手に動けばかえって坂本が危険になるからです。
さらに捜査の担当者は、かつて自動運転車の事故で障害を負ったことから自動運転のアルゴリズム自体に複雑な気持ちを抱いているという有様。
この絶望的な状況で、坂本はどう危機を脱するのか。
あまりのハラハラドキドキに、ページをめくる手まで爆走する勢いで一気読みできる作品です!
自動運転車が抱える闇
『サーキット・スイッチャー』の面白さは、スリル以外にもあります。
作中の自動運転車は便利な反面、実は社会に悪影響ももたらしており、そこが非常にリアルで興味深いのです。
たとえば雇用の問題。
タクシー会社や運送会社などでドライバーとして働いてきた人々は、自動運転車の普及により職を失ってしまいます。
その数は数十万人にものぼり、路頭に迷い自暴自棄になる人が続出!
次に、誤作動の問題です。
自動運転車は極めて高性能ですが、機械なのでふとした拍子に間違った動作をする可能性があります。
人が運転ミスをするよりもはるかに低い確率ですが、それでもゼロではなく、誰かを事故死させてしまいかねません。
この場合、責任は一体誰がとるべきなのでしょうか。
さらにもうひとつ、倫理面での問題があります。
自動運転車が「左右のどちらに進んでも、その先にいる人を轢いてしまう」という状況になった場合、どちらを選択するかという問題です。
いわゆるトロッコ問題ですが、これは片方を助けると、もう片方を死なせてしまうという意味で、間接的な人殺しと言えます。
自動運転車には、このような状況を想定してあらかじめ指示を与えておく必要があるのですが、これはかなり難しい問題です。
もしも「子供や女性を助けろ」という指示を与えれば、「大人や男性は殺しても良い」ということになりますし、「日本人を助けろ」という指示を与えれば、「外国人は殺しても良い」ということになりますよね。
つまり指示の内容によっては、自動運転車は「特定の人々を殺す許可を得た車」となり得るわけです。
このように自動運転車は、便利なようでいて多くの闇を抱えており、それが監禁や爆発のスリルと相まって、物語をより深刻に劇的にしています。
また自動運転車は、現在実際に開発が進められているので、上記の問題は決して絵空事とは言えません。
近い将来、本当に我々が目の前に突き付けられる問題かもしれないのです。
そのリアルな危機感が、『サーキット・スイッチャー』をよりハラハラしながら読ませてくれます。
機械系が苦手でも楽しめる身近なSF
作者・安野貴博さんは、この作品で第9回ハヤカワSFコンテストの優秀賞を受賞し、作家デビューしました。
といっても本職は別にあり、なんと現役のエンジニアだそうです。
主人公・坂本と同じくAI技術のプロであり、実際にアルゴリズム系の仕事に携わっているとか。
だからこそ『サーキット・スイッチャー』は、テクノロジーにおけるリアリティが溢れる作品になっているのだと思います。
ただし、プロならではの小難しい蘊蓄がズラッと並んでいるような作品では決してありません。
専門用語こそ出てきますが、機械音痴のキャラクターが登場し、その人物のためのわかりやすい説明もセットで出てくるので、「理系の物語はなんとなく苦手」という方にも身近に感じられ、問題なく読めます。
むしろ安野貴博さんご自身が、そういう方にこそ本書をおすすめしているくらいです。
もちろんAIやマシンが大好きな方も、きっとこの世界観に没頭できると思います。
一方でこの作品にはヒューマンドラマとしての側面もあり、特に警察と動画会社の担当とが坂本救出のために結託し、見事な連係プレーを決めるところは圧巻!
様々な方が楽しめる作品だと思うので、ぜひお手に取ってみてください。