家も学校も嫌いで、何を見ても苛立って暴れていたタクミは、民間の更生施設「鎌田ハウス」で暮らすことになった。
最初は気乗りしなかったタクミだが、運営者の鎌田のおっさんを始め、他の住人たちと共同生活を送っているうちに居心地の良さを感じ、気持ちも穏やかになってきた。
しかしそんなある日、タクミが夜中に目を覚ましてトイレに行くと、縁側で鎌田のおっさんが汗まみれで仁王立ちになっていた。
電気も点けず、目を剝いて、口はへの字で、ぶるぶる震えて、「何か」に睨みを利かせている様子。
タクミが反射的に庭の方を向くと、そこには細く短く青白い子供の手足が浮かび上がっていた……。
それ以降、鎌田ハウスではおかしなことが続く。
買ったばかりの牛乳が腐ったり、晴れなのに土間が濡れていたり、鎌田のおっさんが顔中に乾いた鼻血が貼りつけて寝ていたり、みるみる痩せて皮と骨だけみたいな姿になったり……。
やがて住人たちまでもがおかしくなってきてきて――。
比嘉姉妹シリーズ第7弾にして、初の中篇集!
それぞれに目が離せない3つの物語
『さえづちの眼』は、ホラー小説・比嘉姉妹シリーズの7作目です。
前作『ばくうどの悪夢』が、ある恐ろしい問題を残したまま終わったのですが、今作はその続きではなく、単発の中篇が3つ収録されています。
「えー、『ばくうど~』の続きを読みたかった」と思ってらしたファンの方は残念に思うかもしれませんが、ご心配なく。今作には今作の魅力がバッチリあります!
まずシリーズ初の中篇集であり、ほど良い長さ、ほど良い深みのある物語を、一冊で3篇も楽しめる点。
そして、比嘉姉妹の母親が登場する点。
比嘉一家の情報はシリーズの過去作でも小出しにはされていましたが、今回は母親本人が堂々登場するので(しかもすごく気になる役回りで!)目が離せません。
さらに、シリーズ2作目の『ずうのめ人形』に登場した辻村ゆかりが再登場!
未読の方のためにネタバレは伏せますが、読んだ方はかなりギョッとするであろう恐ろしい人物で、意外すぎる形で活躍するので、これまた目が離せません。
その他にも、読めばきっと騙される秀逸なミスリードがあったり、衝撃的な真実が隠されていたり、SF要素まであったりと、読みどころは満載!
それぞれの話がキッチリと完結しているので、読了後にスッキリできるところも魅力です。
各話のあらすじと見どころ
『母と』
民間の厚生施設「鎌田ハウス」が、人ではない「何か」に狙われる物語です。
住民の少女に請われて、真琴と野崎が出向き、怪異と対峙します。
序盤は、反抗期真っ盛りのタクミが住人たちと徐々に打ち解けて素直になっていく過程にほっこりするのですが、途中から急激にホラー展開になってゾクゾクが止まらなくなります。
見どころは、鎌田のおっさんが秘めていた目的と、ある人物における強烈なミスリード。
読者はまず見抜くことはできませんし、真実が分かった時に「まさかこの人物がアレだったなんて……」と愕然とすること間違いなし!
そういう意味で、ホラーではありますがミステリー色も強めの作品だと思います。
『あの日の光は今も』
この物語には、比嘉姉妹は登場しません。
でもその代わりに、『ずうのめ人形』から辻村ゆかりと湯水とが出てきます。
主人公の昌輝は少年時代にUFOを目撃したことがあり、それをオカルトライターの湯水が取材しに来たため、湯水と、ついでにゆかりにも話して聞かせるという流れです。
でもその話には、UFOどころか血なまぐさい事件や怪異の影が潜んでいて―。
謎の多さも見どころで、特に昌幸が「あの日」に見た光の正体やエイリアンの死体などは、真相が見えてくるたびにドキッとさせられます。
『さえづちの眼』
書き下ろしの表題作。
数十年前、ある旧家で娘が「神隠し」に遭い、以降その家では良くない出来事が起こり続けているそうで。
当主に相談された琴子が真相に迫っていくという物語です。
みんな大好き、強くてクールな琴子姉さんが、満を持して登場!
これだけでも読む価値があるのですが、それ以上にこの作品、一族を取り巻くドロドロ感が面白いです。
恨みや執着、悪意といった類のものが行間からずっと感じられて、読みながら読者の気分までどんどんダークに染まっていくところが、ホラー小説っぽくて良き!
また序盤の物語は家政婦が書いた手紙という形で進んでいくのですが、そこもポイント。
当事者ではない第三者の目線で語られると、真相が見えにくい分、恐怖感がさらに増すのですよね。
3篇に共通する「母と子」のドロドロ感
中篇集でありながら、それぞれが密度の高い良質なホラー作品で、思う存分ゾクゾク感を楽しめる一冊だったと思います。
ミステリーとしても面白く、特に2話目の『あの日の光は今も』は、真相にかなり驚かされましたし、最終的なオチにもビックリ。
ホラーの怖さもミステリーの謎解きも、どちらも味わいたいという方にピッタリです。
また、3つの物語のいずれもが「母と子」がテーマになっているところも、本書の特徴のひとつです。
一口に「母と子」と言っても、状況や性格によって様々な形がありますし、それは必ずしも良いものとは限りません。
純粋に「愛情」や「安心感」を与え合う間柄もあれば、「子供の為なら殺人も呪いも辞さない」という狂気じみた関係性もあるのです。
『さえづちの眼』では、そのような一歩間違えると破滅を招く「母と子」の関係がジットリと描かれていて、そこが3篇を通して一番の見どころと言えます。
シリーズのファンの方はもちろん、母子のドロドロ感を味わいたい方も、ぜひ読んでみてください。
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