「サーチライトと誘蛾灯」「ホバリング・バタフライ」「ナナフシの夜」「火事と標本」「アドベンドの繭」の5篇からなる連作短編集です。
物語の主人公はいずれも魞(エリ)沢泉という青年。
彼は探偵でも刑事でもなくただの昆虫オタクで、全国各地の珍しい昆虫を集めるために奔走しています。
しかし、昆虫採集と同時に毎回不思議な事件にも巻き込まれてしまいます。
深夜の公園で起きた変死事件、バーの常連客に訪れる悲劇、観光地を目指して失敗した土地で新たに立ち上がった計画など、さまざまな事件を魞沢泉が解決していきます。
ひょうひょうとした魞沢のキャラクターとは裏腹に、見事な伏線回収や切ない展開、驚きのラストが待っています。
櫻田 智也『サーチライトと誘蛾灯』
主人公が毎回事件に巻き込まれてしまうという物語はたくさんありますが、「サーチライトと誘蛾灯」では主人公が昆虫オタクという点にまず意表を突かれます。
作中の事件に関連する昆虫の話題も登場し、事件のきっかけや結末と巧妙にリンクしていることもあります。
身近な昆虫のあまり知られていない豆知識を毎回知ることができるのも面白いです。思わず人に披露したくなるような雑学にも注目してみてください。
魞沢のキャラクターは好き嫌いがわかれそうではありますが、最近の若者らしい、ぼーっとしているように見えて核心を突くような思考、物言いにはドキっとさせられます。
探偵役の魞沢と重たいストーリーのアンバランスな感じが素晴らしいところ。
「ブラウン神父、亜愛一郎に続く、 令和の“とぼけた切れ者”名探偵」、なんて言われているようですね。
古典的なミステリー小説に登場する名探偵とはかなり雰囲気が違いますが、新感覚で楽しめることでしょう。
魞沢だけでなく、他の登場人物との会話もユーモラスです。読みながら思わずクスっと笑えるような台詞のやりとりもあり、一度読むとこの独特のセンスの虜になってしまいます。
物語の中には切ない結末のものもありますが、魞沢のひょうひょうとしたキャラクターがいることで悲劇にならずに済んでいます。
ほどよい余韻を残したまま次の物語に進められるので、次はどんな事件が待っているのだろう?とわくわくしながらページをめくれます。
魞沢の軽い口調や思考のおかげですらすらと読める作品ですが、それぞれの事件のトリックは実に本格的。
伏線がきちんと張られており、最後には一気に回収して物語をまとめてくれます。
無駄がない伏線のはり方や、解決編のミステリ部分も良く、またしっかりとした謎を用意しつつ、シンプルな事件構造となっているので、納得度も高いんです。
魞沢が訪れる土地ののんびりとした描写の中にも事件の大きな手がかりになるヒントが隠されているので、読み飛ばさずにしっかり頭の中に入れながら読みすすめましょう!
すべての物語がつながっている連作ではありますが、それぞれの物語は一話で完結しています。
短編なので、サクっとミステリーに触れたいというときにもおすすめの一冊です。
作者の櫻田智也氏は、2017年に本作の表題作である「サーチライトと誘蛾灯」で第10回ミステリーズ!新人賞を受賞し作家としてデビューしました。
それ以前はライターをしており、当時から土地や環境に着目したユニークな記事を執筆していました。第10回ミステリーズ!新人賞受賞の前には第4回創元SF短編賞にもノミネートされていましたが受賞にはいたりませんでした。
紆余曲折を経た結果のデビュー作である「サーチライトと誘蛾灯」は、櫻田氏の元来のユニークな性格が強く出た作品です。
一度読んだら忘れられない特徴的なキャラクターに、日常に起こりうるさまざまな事件、さらにささいなきっかけから真犯人にたどり着く推理など、年齢を問わずに楽しめる要素がたくさん詰まっています。
今作の続編として『蝉かえる』という作品も発表されています。
こちらも5篇からなる連作短篇集で、魞沢を始めとする「サーチライトと誘蛾灯」のキャラクターが数多く登場します。
今作が気に入ったら、次回作にもぜひ手を伸ばしてみてください。新感覚のミステリー、手軽に読める本格ミステリーを求める方におすすめです。
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