目が覚めた時、男は記憶を失っていた。
真っ白い部屋でハンモックのような中に寝かされており、体は思うように動かせず、ロボットアームの世話を受けていた。
ここがどこなのか、なぜここにいるのか、そして自分の名前すらも思い出せなかった。
やがて体が回復してくると、記憶がおぼろげに蘇ってきた。
自分の名はグレースで、分子生物の研究者であり、ここは宇宙船。
太陽の異変により地球が危機に陥り、その解決策を見つけるために、人工冬眠状態で宇宙に派遣されたのだった。
しかし自分と一緒に派遣された2名の仲間は、人工冬眠からの蘇生に失敗したらしく、ミイラ化していた。
そして宇宙船の燃料はほとんど底をついている。
広大な宇宙でたった一人、地球に戻ることもできず、グレースはいかに地球の危機を救うのか――。
地球を守るためにできることを
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、理科の教師をしている生物研究者グレースが、地球の命運を背負ってミッションに挑む、SFエンターテイメントです。
上下二巻と長いですが、スケールが大きくて展開が熱く、最後まで息をつかせる暇なく読ませてくれます。
もう冒頭の展開からして、ハラハラドキドキの連続です。
目が覚めると記憶がなくて、宇宙船でたった一人で生き残っていて、単独で地球を危機から救わなければならないとか、なんという無理ゲー!
ちなみに地球に迫っている危機とは、寒冷化です。
直接的な原因は太陽エネルギーの低下であり、これにより地上の気温まで下がり、やがては氷河期になって人類が死滅してしまうというのです。
これは確かにとんでもなく大変な状況ですね!
しかも話は地球だけでは済まず、太陽近傍の他の星も影響を受け、ことごとく光度が下がっています。
でもただひとつ、タウ・セチという恒星だけはなぜか無事でした。
そしてグレースは、その理由を解明するために宇宙に派遣されたのでした。
タウ・セチの秘密がわかれば、地球を救う手立てになるかもしれないからです。
でも、たった一人で一体どうすれば……?
この危機的状況で、グレースは絶望することなく、自分にできるあらゆることを試そうとします。
そして地球でも、少しでも寒冷化を防ごうと、全世界が力を尽くします。
たとえば核爆弾を200発以上南極に撃ち込んで、温室効果ガスを大量に放出させるとか、とにかくもう大迫力の展開!
宇宙側も地上側も地球を救うために必死であり、それぞれの危機感や使命感がアツくて、大興奮で読めてしまいます。
異星間バディの奮闘が圧巻
下巻に入ると、物語に大きな変化が訪れます。
グレースの宇宙船に別の宇宙船が近寄ってきて、コンタクトを試みてくるのですが、それが地球のものではないのです。
船同士はドッキングして繋がり、中から出てきたのは、なんと異星人。
異星人と書くと陳腐な感じがするかもしれませんが、これがなかなかどうして本格的で、肉体的な構造も、宇宙船の様子も、文明の発展度合いも細部まできっちり設定されており、読みながらリアルな映像が頭に浮かんでくるほど。
そしてその異星人「ロッキー」は友好的であり、グレースが意思疎通を図ってみたところ、彼の母星もまた太陽エネルギー低下の影響で危機に瀕していることがわかりました。
ロッキーもグレースと同じで、母星を救うためにタウ・セチの謎を解くミッションを背負って宇宙に来たのでした。
かくしてグレースとロッキーは協力体制に入り、解決策を見つけるべく奮闘します。
このパートがまたアツくて、グレースが持つ分子生物学の知識とロッキーが持つテクノロジーとがうまく融合し、次から次へと迫ってくるアクシデントを突破していく様子は圧巻!
またロッキーの人柄(?)がとても良くて、、言葉は通じないものの、正義感や思いやりは伝わってきて、ピンチの時などかなり頼りになります。
案外お茶目な可愛いところもあって、そこがまた印象的。
とにかくこの異星間バディの頑張りは、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』で一番の山場です。
ぜひ実際に読んで、彼らの努力と友情の結果を見届けてください。
ラストには、涙なしでは読めない超級の感動シーンが待っています!
映画化決定!圧倒的な感動の理由
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、アメリカのSF作家アンディ・ウィアー氏の長編三作目です。
一作目の『火星の人』は、宇宙飛行士の主人公がアクシデントから火星に一人取り残され、地球への帰還を願ってサバイバル生活を送るという物語でした。
今作『プロジェクト・ヘイル・メアリー』も、「目が覚めれば宇宙空間にただ一人だった」という孤独感は『火星の人』に共通するものがあります。
しかし下巻でロッキーが登場することで孤独ではなくなった分、物語に深みが増し、エンターテイメント性もアップしたように思います。
『火星の人』を読んで感動した方は、本書でさらに大きな感動を得るのではないでしょうか。
また作中でグレースが乗っていた宇宙船の名は「ヘイル・メアリー」で、これはラテン語の「アヴェ・マリア」のことであり、アメフトではこの言葉を「一発逆転のための神頼み」という意味で使うそうです。
つまりグレースの宇宙船には、人類の切なる願いが込められていたわけで、こういったところも本書における感動を増加させていると思います。
ちなみに『火星の人』は2015年に『オデッセイ』として映画化されたのですが、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』も映画化が決定しています。
『オデッセイ』を超える超大作になるのではないかと、期待大!
近い将来スクリーンでお目にかかれるようになるはずですので、それまでは原作である本書をぜひ堪能してください。
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