法律事務所の弁護士から、司法実務修習生のフェミとシャーロットに分厚い封筒が渡された。
中身は、ある劇団員の関係者たちがやりとりしていたメールやSNS投稿をまとめたもの。
読んでみると、最初は他愛のない日常会話や連絡事項が中心だったが、徐々に雰囲気が変わってくる。
劇団主催者マーティンの孫娘ポピーが難病を患い、治療費のために団員たちが募金活動を始めた頃から、雲行きが怪しくなってきたのだ。
愚痴や陰口が飛び交い、どんどん感情的になっていく団員たち。
やがて文字のやり取りだけでは済まなくなり、殺人事件へと発展する―。
フェミとシャーロットは、この膨大な量のテキストメッセージから、事件の内容や原因を探っていくことになる。
何の予備知識もなく、文面のみから二人は事件の真相を見つけ出すことができるのか?!
メールで広がる泥沼の人間関係
『ポピーのためにできること』は、総ページ数が約700という長編ミステリーです。
面白いことにそのほとんどが、作中の劇団員たちがやり取りしていたメールやSNSだったりします。
地の文章が一切なく、テキストメッセージのみが本文となっているのです。
どのページもひたすらメール、メール、メールなので、最初に見た時には「これが小説?」と面食らうかもしれません。
またメールの内容も、オーディションや配役など劇団での内輪話ばかりで、序盤は少し興味を持ちにくいかもしれません。
でも、それでも読み進めてみてください。
だんだんとメールにゴシップや陰口が増えてきて、ドロドロっぷりに目が離せなくなり、続きを読まずにいられなくなると思います。
とにかく団員それぞれが、言いたい放題なのですよ。
個人宛てのメールだと他者に内容を見られる心配がありませんから、安心して陰口を叩けるのですね。
やれ誰々が気に入らないだの、やれ誰々を陥れてやろうだの、恨みつらみ、妬み嫉みのオンパレードで、読んでいて胃がキリキリしてくるくらい。
かと思えば、さんざん中傷しておきながら本人とのメールでは至極にこやかな対応をしていたりで、そこがまた怖いです。
このように人間関係のドス黒い部分が出まくりなので、まるで一種の暴露本やゴシップ系週刊誌みたいで、読み手は読めば読むほど興味をそそられます。
もちろん物語はそれだけでは終わらず、劇団員たちが行っている募金活動によって騒動が起こり、さらに中盤を過ぎたあたりで殺人事件まで起こります。
人間関係のもつれに加え、金銭でのもつれ、そして殺人ですから、もう本当にドロッドロ!
どのように収束していくのか想像もつかず、犯人もなかなか見つからず、最後の最後までハラハラと読ませてくれます。
読み手も同条件で推理を楽しめる
『ポピーのためにできること』は、司法実務修習生のフェミとシャーロットが、このドロドロとしたメールをもとに騒動の真相を追究していくという流れになっています。
二人は資料としてメールの束を渡されただけなので、事前知識はなくどんな事件が起こるかも知らされておらず、条件としては読者と同じ。
つまり『ポピーのためにできること』では、フェミとシャーロット、そして読者とが、同じスタートラインから推理を進めていくことになるわけです。
ここもまた、本書の抜群に面白いところのひとつです。
なにせ二人ともまだ弁護士の卵であり、ずば抜けた推理力を持っているわけではないので、名探偵のようにはいきません。
読者と同じ目線で資料を読み、情報の整理と分析とを行い、じわじわと真相を暴いていく他はないのです。
そのためフェミたちが先に重要なポイントに気付くこともあれば、読者が先に気付くこともあり、まるで読みながら一緒に謎解きをしているような気分を味わえますよ。
しかもこれがなかなか難解で、資料に登場する人物だけでも80人くらいいますから、把握するのも骨が折れます。
その上ミスリードもあり、巧妙に隠された伏線もあり、なかなか真相に辿り着けないようになっています。
だからこそ読み応えがあり、推理やパズルが好きな方にはたまらない一冊!
最終的に謎が解けた時には、苦労した分だけ報われて、フェミたちと一緒に大きな満足感を味わえます。
野次馬根性と謎解き根性を刺激する一冊
いやはや、もの凄いミステリーが登場したものです。
約700ページもの長編でありながら、ほとんどがメールというだけでも前代未聞ですし、その中に人間関係のイザコザや募金活動、果ては殺人事件といった濃厚な内容が詰め込まれているのがまた凄い。
しかもメールをやり取りしている内輪の人間しかピンとこないような文面でありながら、じっくりと読み込めば、部外者であるフェミやシャーロット、そして読者にも内情が見えてくるという絶妙な匙加減。
ゴシップとしての面白さとミステリーとしての面白さが際立っており、野次馬根性と謎解き根性の両方をメラメラさせてくれる作品、それが『ポピーのためにできること』と言えるでしょう。
さらに驚くべきことに、作者のジャニス・ハレット氏は、なんとこれがデビュー作だったりします。
氏は元は劇作家・脚本家であり、そちらの分野では長く活躍されていますし、英国映画祭で脚本賞を受賞したこともあり、名が知られています。
が、小説としては本書『ポピーのためにできること』がデビュー作であり、にもかかわらずこの読み手の興味を惹きつけて離さないページターナーっぷり!
現に、英国サンデー・タイムズ紙の2021年ベスト・ミステリーに選ばれましたし、「21世紀のアガサ・クリスティー」とまで評価されたくらいです。
加えて日本でも、『このミステリーがすごい!2023年版』の海外編で3位にランクイン!
これだけ話題となっている作品ですから、ミステリー好きの方はぜひ読んでみることをおすすめします。
読めば読むほど、泥沼の人間関係と謎解きの面白味にハマッていくこと間違いなしの傑作です。
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