国内ミステリー小説

若竹七海『パラダイス・ガーデンの喪失』 – 複数のストーリーが紡ぎ出すサスペンスミステリー

コロナウイルスが蔓延している最中にある2020年秋。

葉崎市の見晴らしの良い高台にある個人庭園・パラダイスガーデンで身元不明の老女の遺体が発見された。

この事件をきっかけに、葉崎市で生活を送っている住人たちの思惑が交錯し始め、新たな事件が繰り返されていくことになる。

遺体の身元は一体誰なのか。そして、のどかな地域の不自然な場所に、なぜ遺体が横たわっていたのだろうか。

現代人にとって馴染みの深いコロナ事情や背景を通じて描かれる複数のストーリーが、まるで”パッチワーク”のような展開で事件の真相に迫っていく。

パッチワーク・キルトをモチーフにしたサスペンス・ミステリー

この作品は、ある個人庭園・パラダイスガーデンで起きた事件の軌跡を辿るサスペンス・ミステリー小説です。

この本では、事件の原因追求に重きを置くのではなく、複数の異なるストーリーを通じて、事件の全体像を少しずつ浮かび上がらせる構成となっています。

事件が起きてから「なぜこの事件が起きたのか?」「誰がやったのか?」という疑念に焦点を当てて物語が進行していくのかと思いきや、突如、地域住民の物語に転換されるシーンは、本書の見所の1つといえます。

それらの物語は、リモートワークで自宅にいる夫のDVに悩まされる妻の話や、コロナウイルスの影響によって人手不足に悩まされる会社の話など、一見事件とは何ら関係のないような内容ばかりです。

しかし、それらの1つ1つは、事件の背景や全体像を理解するための確かな鍵へと変貌を遂げます。

まるで”パッチワーク・キルト”のように繋がり合う物語は、後半に進むにつれて、「この会話には、こういう裏があったのか!」と多くの発見をもたらし、度々感動させられます。

古典的なサスペンス・ミステリーが好きな方だけでなく、複数の物語から1つの結末に導かれるストーリーに関心を持っている方にも、ぜひおすすめしたい1冊です。

現代的な背景のもとで描かれるストーリー

本書で綴られる物語は、現実ではなかなか起こることのない事件を描くサスペンス・ミステリーですが、現代人が直面している事情や背景を忠実に再現している点も特徴的です。

物語には、リモートワークによる生活変化や巣ごもり需要の高まりによる売上不振など、私達現代人が抱えるコロナ渦の悩みをリアルに描いたシーンが数多く登場します。

このような描写があることで、架空の世界を舞台にした物語であったとしても、どこか他人事とは思えないような心境を抱えることになるため、つい物語に感情移入させられてしまいます。

もちろん、ストーリーの背景説明が淡々と続くだけでなく、途中で起きた出来事や会話の中には謎解きのヒントが巧妙に隠されているため、事件の真相に迫るまでのプロセスを存分に楽しむことができます。

また、物語で登場する人物が多種多様であるがゆえに、謎解きの幅も広がるため、腰を据えてじっくりと推理することが可能です。

このとき、それぞれのキャラクター性や些細なやりとりを慎重に追っていかなければ、事件の全体像を掴むことは難しいかもしれません。

本格ミステリーならではのワクワク感や推理の醍醐味を味わいながらも、まるでその世界で生活しているかのような臨場感を持って読み進められる点は、本書の魅力といえるでしょう。

総勢15名以上の住民の物語がパッチワークのように交錯する

著者の若竹七海さんは、大学在学中はミステリークラブに所属するほどの大のミステリー好きです。

一時期は執筆業とは異なるキャリアを歩んでいましたが、1991年に連作短編集『ぼくのミステリな日常』で小説家デビューしました。

その後『夏の果て』で第38回江戸川乱歩賞最終候補進出、『暗い越流』で第66回日本推理作家協会賞受賞などの数々の実績を収め、人気作家の仲間入りを果たすことになります。

そんなミステリー作家の名手が生み出した長篇ミステリー小説『パラダイス・ガーデンの喪失』は、総勢15名以上の住民の物語から紡ぎ出されるパッチワークのようなストーリーが特徴的です。

冒頭の事件発覚以降にテンポ良く繰り出される複数のストーリーは、読んでいて新鮮に感じられることでしょう。

登場人物が多いがゆえに、物語の構図を整理するためにはそれなりに頭を使います。

すでにミステリー小説に馴染みがあれば、推理の幅が広がるという点で大いに楽しむことができます。

ですが、これまで小説をあまり読んだことがない方にとっては、読み慣れるまでに少々時間を要するかもしれません。

そのような方は、物語を何度も反芻することを覚悟したうえで、じっくりと読み進めていくことをおすすめします。

反芻の過程で、思いもよらぬところから事件の謎が解けたり、人物の感情が分かるようになったりするため、パッチワーク・キルトをモチーフにした物語でしか味わえない重厚さを体感できます。

繰り返し読めば読むほど新しい発見が生まれる作品になっているので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

ABOUT ME
anpo39
年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)
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