西加奈子さんの『舞台』が文庫化。 人はみんな「舞台」で誰かを演じているんだ

先日、西加奈子(にしかなこ)さんの『舞台』が文庫化されました。今回はそのあらすじや感想などを。

この作品は、初めてのニューヨークに一人で旅行に来た主人公・葉太の物語です。

ミステリでもホラーでもありません。かといって、ただの「旅行小説」でもありません(でも、旅行小説としても楽しめる)。

これは葉太という一人の人物を通して、人生を生きることにおいての大切なものに気がつかせてくれる作品なのです。

 

目次

西加奈子『舞台』あらすじ

物語は、主人公の葉太(ようた)がニューヨークで朝食をとっているところから始まる。

29歳の葉太。まずい朝食に文句をつける葉太。初めてのニューヨーク一人旅に浮かれる葉太。5番街を歩いているだけでついニヤニヤしてしまう葉太。

念願のニューヨーク!!

彼にはニューヨークでどうしてもやりたいことがあった。

それはセントラルパークで寝っ転がり、好きな作家の新作を読むことだ。

セントラルパークで読むために、行きの飛行機の中で読みたかったのを必死に我慢した小説『舞台』。

さて、いざセントラルパークに到着し、浮かれまくる葉太。

メッセンジャーバッグを体から外し、待ちに待った小説をさあ読み始めようとした時、とんでもないことが起こった。

嫌な臭いがした。何か、化学薬品を焦がしたような臭いだ。顔をしかめる間もなく、背後から黒い影が葉太を覆った。その影から、にゅうと、人間の手が伸びてきた。白人の、毛むくじゃらの手だ。そしてその手が、葉太のメッセンジャーバッグを摑み、そのまま持ち上げた。

一瞬だった。

『舞台』P.76.77より引用

はい。

バッグを盗まれるんですね。

バッグの中には財布やパスポートやチケットなど、必要なものが全て入っているんです。

一人で海外旅行中にほぼ全ての持ち物を盗まれる、という考えただけでも胃が痛くなる最悪の事態。

しかも、葉太はあまりの突然の出来事に混乱し、追いかけることができないんです。体が動かない。叫ぶこともできない。

ただ、笑うことしかできなかったのです。

自意識過剰な葉太の苦悩

カバンを盗んだ男を笑いながら見送った結果、手元に残ったのは小説『舞台』と、ポケットの中の12ドルと、スマホと、滞在先の鍵のみ。

滞在先のアパートの料金が先に払ってあり、その鍵をバッグに入れていなかったのは不幸中の幸いか。

さて、まずパスポートを紛失した場合、すぐに日本総領事館に行って手続きをしなければならない。

が、この葉太、「旅行の初日で盗難にあった」という事実を笑われるのではないか、哀れに思われるのではないか、馬鹿にされるのではないか、と考えて、日本総領事館に行かないのである。

このような状況にも「人からかわいそうな奴だと思われたくない」という気持ちが勝ってしまうのです。

葉太は、少なくとも今日は、領事館に行くのはやめることにした。

訪米してから、どれくらいの日数で盗難に会えば、自然なのだろうか。笑われずに済むだろうか。最終日近くで盗まれたとしたら、

「今まで散々浮かれていただろうに、最後にこんな落とし穴が、ねぇ……(笑)」

そう思われるかもしれないし、ここは、三、四日目に盗まれたことにしようか。とにかく、今日と最終日は避けなければ。

『舞台』P.83より引用

こんな緊急事態にあっても、日本に帰って「こんな大変なことがあってよ〜〜」などと自慢げに話し、「お前スゲーな!」とか言われたいのです。

いやいや。そんなこと言っている場合じゃないでしょ!と思いつつも、ちょっと葉太の気持ちもわかってしまう。

葉太は、「自分は人にこう思われたい」「人からどう思われているか」をとても気にしてしまう人間なのです。

わかるよ。わかりますよ。でも、それって苦しいですよね。

追い詰められた生活の中で見えてくるもの

かくして、ニューヨーク一人旅行の初日で持ち物を盗まれた葉太は、アパートに滞在できるまでの数日間を所持金12ドルで過ごすことになります。

食べ物、飲み物はどこで調達すれば良いか。スマホはあるので、無料Wi-Fiスポットを見つければなんとかなるか。早くクレジットカードを止めなければ。

どう見ても最悪の事態です。街行く人が、自分を笑っているかのように見えてきます。

それでも葉太は「こんなことが起こっちゃっても大丈夫な俺」を『演じる』のです。

誰も見ていない「舞台」の上で。


はたして葉太は、わずか12ドルの現金で残りの日数をどうやって過ごすのか。

この極貧生活を通して葉太は何を想うのか。

そして何に気がつくのか。

 

文庫にして約200ページちょっとなので、お気軽に読んでいただくこともできます。

もしあなたが「人からどう思われているか非常に気になる」性格であったり、「本当の自分ではない誰かを演じている」時があると感じるならば、この『舞台』という作品の葉太の行く先をぜひ見届けてあげてほしい。

この作品はそんな方の心の苦しみを取り除く、救いの一冊になるかもしれません。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)

コメント

コメント一覧 (2件)

  • いつも楽しみに拝見しております。
    仕事帰りに図書館へ直行し、『舞台』を借りてイッキ読みました!
    葉太ほどではないものの、人の目を気にして行動してしまう自分のことを言われているようで、何とも複雑な気持ちになりましたが、出会えてよかったと思える作品でした。紹介してくださってありがとうございました☆
    これからも図書館へ直行してしまう紹介文、期待しています(^^)

    • 30osさんいつもありがとうございます!
      おおー!『舞台』を読んでくださったんですね!
      そうそう。私も葉太ほどではないですが、人の目を気にしてしまうことがよくあったので、結構心に突き刺さったんですよねえ。30osさんにもそう言っていただけて何よりです。
      いえいえ、こちらこそ30osさんと共感できて大変嬉しいです。ありがとうございました(*´∀`*)

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