小説家の夢破れ、フランス・ナントの村で夫や子どもと暮らしていたアレックス。
家族で営む民宿にゴンクール賞作家のシャルル・ベリエが訪れ、家族ともどもその賞作家と親しむように。
しかしある夜ベリエに襲われたアレックスは、抵抗した拍子に彼を殺害してしまう。
“家族との生活を守るためにも、この罪を隠し通さなくては!”そう決意した彼女は死体を隠し、家族にも秘密でパリに赴く。
ベリエのアシスタントに成りすまして、殺人の罪を擦り付けられそうな人物を探し始める……。
彼女は果たして罪を誰かに被せ、無実を被せることができるのだろうか?彼女とその家族、そして人生の行方は?
犯罪や暴力を描く“ノワール”作品の傑作。
エルザ・マルポ『念入りに殺された男』
大胆な設定と細かな心理描写の両立
大胆な設定とは裏腹に、巧みな心理描写がこの作品の魅力の一つ。
ある災難から殺人という大罪を犯してしまった女性の心理、何とか家族との平穏な暮らしを守りたいという決意が読者に伝わってきます。
ベリエを殺してしまった直後は警察に自首することも考えたアレックス。
しかし、そんなことをしてしまえば自身の“平和”な人生は終わってしまい、残された家族も「殺人者の身内」として辱めを受け続けることになる。
家族との生活を守るためには殺人の隠ぺいすら厭わないという人間のリアルを描いていると言えます。
“小説”という媒体の暴力性を際立たせるストーリー展開
巧みな心理描写・人物描写を誇る小説家は、この小説自体にも登場しています。
アレックスの悩みの種そのものであり、彼女によって殺されてしまった賞作家、シャルル・ベリエその人です。
彼もまた、繊細な人物造詣と描写で名を馳せた小説家(という設定)でしたが、アレックスの調査により、ある種“残酷”とも言える執筆過程が明らかにされます。
ベリエは、リアルな人物描写をするために周囲の人物をモデルとし、その人生を書き写し、“人生を奪い取る”ことで自らの登場人物としていたのです。
小説を書く上で避けて通れない「他人を参考にしモデルにする」という行為自体が、時に他人を傷つけうる……。
作者はそんな“小説”の暴力性を明らかにした上で、あえて否定はしません。
小説の“暴力性”と、実在の人物をモデルとすることで生まれる“芸術性”とを、どちらも認めているのが本書の魅力の一つと言えます。
「#Metoo」運動やSNS炎上など現代のテーマもふんだんに
性的被害を告発する運動として近年盛り上がりを見せている「#Metoo」運動、政治経済・外交などさまざまな世界で問題となっている「フェイクニュース」問題、行き過ぎた「ポリティカリー・コレクトネス」への言及など、現代社会で起こっている出来事を絡めた話となっているのも本書の特徴の一つ。
これらの要素を取り入れることで、アレックスの境遇や思考がより身近に感じられるものとなっていると言えます。
小説の中の出来事が必ずしも空想上・非現実の出来事とは限らない、というメッセージを込めているようにも感じられるのではないでしょうか?
社会問題への言及と“ノワール小説”としての面白さ、どちらも損なわない出来と言って良いでしょう。
実験的意味合いもありつつ、文句なしの面白さ
「犯人は誰なのか」「殺しの手口はどういったものか」「なぜ犯行に及んだのか」、主にこれら3つの疑問を主題とするのが一般的な推理小説です。
その点、本書は犯人も殺しの手口も犯行動機さえも、かなりはじめの方で読者に提示されます。
“犯人を誰にすべきか”という視点からのミステリーはこれまでもあまり多くなかったのではないでしょうか?
新しい視点からの描写という実験的な側面はありつつも、犯罪や闇を描いた“ノワール作品”として文句のつけようがない面白さを生みだしているという点が、本書の功績の一つと言えます。
小説が好きな方にこそ読んで欲しい
小説という媒体自体への批評も本書の特徴の一つであり、魅力の一つ。
多くの人が気づいていても触れてこなかった“小説の暴力性”という一面をまさに小説の中で指摘しつつ、否定することはしません。
むしろ小説の暴力性とそれによる芸術性をひっくるめて評価することで、小説の魅力を表現していると言えるでしょう。
これまで小説を多く読んできた方、細かな人物描写を楽しんできた方にこそ読んでいただき、小説の奥深さを感じてほしいと思います。
現実の社会において起きている問題にもフォーカスすることで、よりリアリティのある内容となっている本作。
ぜひ、ノワール作品としてのブラックな面白さ、小説という媒体への思いを感じながら読んでみてください!
コメント
コメント一覧 (2件)
ことミステリーに関しては色んなところにアンテナ張ってるつもりでしたが、こんな面白そうなのは初めて聞きました… なんてこった早く読まなくちゃ…( ˙-˙ )
舞台はフランス、アレックスという女性が殺人を犯す 設定がいいっすねえ!このワードだけでもルメートルの名作が思い出されます
翻訳物の中でもぼくはフランスが特に好きで、しかもanpoさんが面白いと言えばもうそれは美しい刃物みたいなもんです 触れずにはいられないような(▰╹◡╹▰)
こはるさんこんにちは〜(*’▽’*)
気になっていただけてありがとうございます!
フランスミステリ良いですよね!わかりますわ〜
ふふふ、そう言っていただけて大変光栄です!
ぜひぜひ読んでみてくださいな〜面白いですよ〜