先日、倉知淳さんの「猫丸先輩シリーズ」の短編集『猫丸先輩の推測』が『夜届く』に改題され、約12年ぶりに文庫化されました(最初の文庫化は2005年)。
猫丸先輩シリーズは本当に面白い作品ばかりなのですが、その中でも特に優れた短編集が、今回の『猫丸先輩の推測』なのです。
収められているどれも質が高く、なにより「猫丸先輩シリーズとしての面白さが詰まっている」というのが最大の魅力。
私も読んだの久々なんですけどね、「やっぱり猫丸先輩のキャラはいいな」って、「倉知さんは面白いミステリをお書きになるなあ」って、改めて実感しました。
まだ猫丸先輩シリーズを読んだことがない、という方は今こそ最高のチャンスです。
この機会に猫丸先輩にどハマりしましょう。
『夜届く-(猫丸先輩の推測)』
今作に収められているのは6つの短編。
あらすじをザッと見ていきましょう。
1.夜届く
ある夜、アパート暮らしの八木沢のもとに電報が届く。
内容は『病気、至急連絡されたし。』
家族に何かあったのかと焦って実家に電話をするが、何事も起きていないようなので拍子抜け。
この電報は何かの間違いだったのだろうか。
しかし三日後の夜、またしても電報が届く。
今度は『家火災、至急連絡されたし。』
またかよ、と思いながらも一応実家に連絡するが、やっぱり何もない。
二日後、またしても似たような電報が届く。
一体これはなんのいたずらだ……。
猫丸先輩シリーズ屈指の名短編
時間は決まって夜、八木沢のもとに届く奇妙な電報の数々。
「なぜ意味のない電報が届くのか」「なぜ自分はこんな嫌がらせを受けているのか」という謎に対して猫丸先輩の推測が炸裂。
思わず「その発想はなかった!!」と叫んでしまう推測なんです。
さすが、改題して表題作になっただけあります。
発想の逆転とはこのこと。
2.桜の森の七分咲きの下
入社後すぐに花見の場所取りを命令された小谷。
公園内の絶景のポイントで1人時間を潰していると、次々に妙な人物がやってくる。
「交代の時間だ」と、自分の会社の人物だと嘘をつき、場所を横取りしようよする者。
一緒に飲もうぜ、と誘ってくるおっさん。
絵を描きたいから少しどこかで時間を潰してきてほしい、とお金まで渡してきて小谷を退けようとする者。
一見ただの、よくある場所取りの風景ですが、猫丸先輩は違和感を覚え、ある推測をする。
3.失踪当時の肉球は
いなくなった猫を探してほしい、と依頼を受けた郷原探偵。
くわしい話を聞き、早速、猫の写真付きポスターをご近所に貼っていった。
しかし、何者かによって全てのポスターの猫の写真の部分が、スプレーによって塗りつぶされてしまう。
犯人はなぜこんなことを?
これも秀作。見事なホワイダニットです。
4.たわしと真夏とスパイ
近所にできたスーパーに対抗するため、4日間大売り出し作戦をすることになった商店街。
夜店の屋台を商店街の真ん中にずらりと並べ、活気と活力を取り戻す作戦です。
しかし大売り出しの作中、奇妙な出来事が次々に起こってしまう。
金魚すくいの水槽に入浴剤を入れられたり、射的の玉を入れていた一斗缶に食用油を入れられたり、風船屋さんの風船が切られて飛んで行ってしまったり。
一体誰がなんの目的でこんなことをするのか、を紐解くホワイ&フー。
頑張れば解けるかも?(無理です)
5.カラスの動物園
1人で動物園にきた葉月は、ひったくり現場に遭遇。犯人の後ろ姿を目撃する。
犯人は警備員に捕まるが、無罪を主張。
葉月が目撃した時と違う色のブルゾンを着ていたが、デザイナーである葉月は男の体型を見て犯人だと確信する。
しかし、証拠がない。奪ったはずの、現金も出てこない。
一体現金はどこに消えたのか。
これも「なるほどね!」と唸ってしまう推測。
人間の心理を逆手に取ったミステリを書くのが本当にお上手だなあ。
6.クリスマスの猫丸
クリスマスの夜、1人で喫茶店にいた八木沢は、奇妙なものを目撃する。
サンタが、全力失踪しているのだ。
それだけなら、まあおかしくもないのですが、続けてもう1人、またもう1人、と全力疾走のサンタが駆けていく。
しかもさっきのサンタが戻ってきたわけでななく、窓の右から左へ、同じ方向に毎回走っている。だいたい5分間隔で。
なぜ3人ものサンタが、同じ方向へ全力疾走?
不思議に思っている八木沢の前に猫丸先輩が現れ、見事な推測を披露してみせる。
推理ではなく「推測」の面白さ
元のタイトルが『猫丸先輩の推測』である通り、あくまで『推測』なんですよね。
猫丸先輩が謎の対して「僕はこう思うんだけどね」と推測する。その推測が当たっているかどうか、確かめずに終わっているお話ばかりなんです。
実際、猫丸先輩はほとんどの場合、真相を言い当てているのではない。彼はただ「こう考えれば謎は謎でなくなる」と言っているだけなのだ。こうだとすれば、ほら、不思議でもなんでもない、謎でもなんでもないじゃいか、と。
P.386解説より
それでも、謎に出くわした登場人物、読者は、「ああ、その推測は間違いなく合っているなあ」と納得させられてしまう説得力がある。
これが猫丸先輩の凄さであり、面白さですよ。
想像力ならぬ「推測力」の豊かさが桁外れで、そのヒントだけでなんでそこまで推測できるの?!毎度驚かされてしまいます。
またポイントであるのが、読者にも猫丸先輩と全く同じようにヒントや伏線が提示されているところですね。
つまり、読者も推測力を極限まで働かさせれば、猫丸先輩より先にその推測にたどり着ける可能性が十分にあるということです。
しかし、できないんです。
倉知さんが凄すぎるからです。
この手のミステリを書かせたら、倉知さん以上の作家さんいないんじゃないか、ってくらい巧いですね。
猫丸先輩のキャラクターが良い、というのは言うまでもないでしょう。
彼ほど、ユーモアがあり、愛おしく、憎めず、チャーミングで、不思議な魅力のある探偵はいません。
長編『過ぎ行く風はみどり色 (創元推理文庫)』の猫丸先輩はほんと良かったなあ……。
おわりに
ちなみに、本作に収められている短編のタイトルは、全て名作のもじりになっています。
『夜届く』は、横溝正史の『夜歩く (角川文庫)』。
『桜の森の七分咲きの下』は、坂口安吾の『桜の森の満開の下』。
『失踪当時の肉球は』は、ヒラリー・ウォーの『失踪当時の服装は(創元推理文庫)』。
『たわしと夏とスパイ』は、天藤真『あたしと真夏とスパイ』。
『カラスの動物園』は、テネシー・ウィリアムズ『ガラスの動物園 (新潮文庫)』。
『クリスマスの猫丸』は、R.D.ウィングフィールド『クリスマスのフロスト (創元推理文庫)』。
ユーモアがあって良いですね(´∀`*)
とにかく私が伝えたいのは、「この12年ぶりの文庫化の機会にお願いだから読んでみてほしい」ということです。
ほのぼのしているけどミステリとして最高に面白い、日常の謎の最高峰です。
まだ猫丸先輩シリーズを読んだことがないのであれば、最初の一冊にしても良いです。読めばすぐに猫丸先輩ファンになってしまうでしょう。
それくらい『夜届く (猫丸先輩の推測)』は優れた短編集なのですから。

コメント
コメント一覧 (2件)
こういう日常の謎は面白いですよね。軽めのものが読みたいなってときには倉知さんに本当に助かってるんですよ。推理の面白みの点で猫丸先輩シリーズは最高だと思ってます。僕もこれを機に創元推理文庫版を買いました。クリスマスの猫丸が一番面白かったです。もっと猫丸先輩シリーズが読みたいなあー
おっしゃる通りで、この系のミステリは倉知さんに頼りっきりです。
私も猫丸先輩シリーズは日常の謎の最高峰だと思っています。推理が面白すぎますよねえ。
そうなんですよ!!唯一の難点が「もっとたくさん読みたい」なんですよ!
早くシリーズ描いてくれませんかね……(ノω`*)