人間の不気味な心理を描く小説家として有名なシャーリイ・ジャクスン氏の死後に発見された原稿から選ばれた、23篇の短編と5篇のエッセイからなる短編集です。
「なんでもない日にピーナツを持って」では行き過ぎた正義感を描きます。
「悪の可能性」では良心的に見える老婦人の心の奥にある悪意をさらけ出します。
「レディとの旅」は一変して少年と犯罪者の女性の旅を描きます。痛快なロードムービーを見ているような心地よさを楽しめるでしょう。
「序文 思い出せること」で作家を目指したきっかけを知ることができる他、日常の些細な場面を切り取ったエッセイなど、謎の多かったジャクスン氏の素顔を垣間見られます。
タイトルの通り、どこにでもいる人たちのなんでもない一日に潜む悪意や狂気、一瞬の友情や人間関係を描く、名作揃いの一冊です。
『なんでもない一日シャーリイ・ジャクスン短編集』
死後に発見された未出版作品と単行本未収録作を集成した作品集Just an Ordinary Dayより、現実と妄想のはざまで何ものかに追われ続ける女の不安と焦燥を描く「逢瀬」、魔術を扱った中世風暗黒ゴシック譚「城の主」、両親を失なった少女の奇妙な振るまいに困惑する主婦が語る「『はい』と一言」など、悪意と妄念、恐怖と哄笑が彩る23編にエッセイ5編を付す。
ジャクスン氏の小説はいずれも人間の悪の感情を浮き彫りにするようなものばかりです。
「ずっとお城で暮らしてる」はジャクスン氏の作品の中でもとくに有名な長編小説ですが、今作のような短編にもそのテイストは見て取れます。
未発表原稿というだけあって緻密さは欠けますがもっとサクっと気軽に人の悪意に触れています。
さらりと事態を描き、それでいて登場人物の感情やその後に思いを馳せてしまうようなラストの連続につい夢中になってしまうことでしょう。
知りたくないけど知りたい、他人の秘密を覗いてみたいという人間の心理を巧みに利用した作風はどの作品にも垣間見られます。
現代でも、ネット上に吐き出される見知らぬ誰かの悪意ある投稿や理不尽な発言をつい追ってしまうという方は多いのではないでしょうか。
そのような方が読めば、嫌な気持ちになるのについページをめくってしまう…という風にどハマりしてしまうこと間違いなしです。
喉元になにかが引っ掛かったようなザラつき、違和感のある物語が多いもののブラックなユーモアも感じられ、読んでいてどんよりするのにいつの間にか日頃の憂さが晴れるような、不思議な感覚を楽しませてくれます。
本作には短編小説だけでなくエッセイもたくさん収録されています。
いずれもただの日常を描くのではなく、その日常からどんなことを思い至ったかまでしっかり読み取ることができます。
育児の中で感じた子どもへの愛憎をおもしろおかしく描いたエッセイには、ジャクスン氏のユーモラスな一面もにじみ出ています。
嫉妬や狂気といった人間の嫌な部分だけでなく幽霊や怪談を取り入れた物語もあり、さらにエッセイも…と盛りだくさんの内容で、「小説は合わなかったけどエッセイはおもしろかった」、「後味の悪さがクセになった」、「他の名作よりも優れた物語が多かった」など、本当に賛否両論の分かれる一冊です。
ぜひ目を通して、自分はどう感じたか、なぜそう感じたのかをじっくり考えてみてください。
嫌な読後感、でも読んじゃう、止まらない。
ジャクスン氏と言えばくじで選ばれた一人の村人が村中の全員から石を投げられて殺される「くじ」や、家族が殺された家に姉と二人と閉じこもっている少女を描く「ずっとお城で暮らしてる」などが有名です。
人が誰しも胸にしまっている悪意を暴き、これでもかというほどにしっかりと描写した作風は発表当時大バッシングを受けました。
しかしそれは、誰もが思い当たる節があったから、後ろめたいことがあるから故の批判だったのでしょう。
現在では人間の邪悪さを綿密に描き出す彼女の作品群は世界中で高く評価されています。
やはり後味の良いものではありませんが、文章だけでここまで嫌な気持ちにさせる才能は他の追随を許しません。
日本でも多くの長編小説、短編集が翻訳されており手軽に読むことができます。好奇心をくすぐる物語ばかりですので、ぜひチェックしてみてください。
