似鳥鶏『七丁目まで空が象色』- 動物園から象が脱走?壮大なスケールのコミカルミステリー

作家・似鳥鶏(にたどり けい)さんの人気シリーズの一つである、「楓ケ丘動物園シリーズ」の第5弾として発表された本作。

楓ケ丘動物園の飼育員である主人公の桃本は、同僚である七森(ななもり)と服部、獣医の鴇(とき)先生と共に山西市動物公園にやってきました。

楓ケ丘動物園にマレーバク舎を新設することとなり、マレーバクの飼育方法などを学ぶためです。

「会わせたい人がいる」といって山西市動物公園の担当者が連れてきたのは、なんと桃本の従弟である誠一郎でした。

誠一郎は飼育員になったことを桃本に話しておらず、桃本は驚きます。

そんな桃本と誠一郎が久しぶりの再会を喜びあったのもつかの間、山西市動物公園に異変が起こります。

爆竹の音と共に混乱に包まれる園内。

なんと、中国からやってきたインドゾウのランティエンが脱走してしまったのです。

園外に出て、時折興奮してものを破壊しながら市街地を進むランティエン。

ランティエンはしきりに匂いを嗅いでおり、どこか目的地があるようです。

ランティエンはどこへ向かうのか、ランティエンに隠された秘密、そしてランティエンを逃がした犯人はいったい誰なのか。

動物園を舞台に繰り広げられる、壮大なのにどこかコミカルな本格ミステリーです。

目次

動物のことを分かった気になるのは、人間の思い上がり

あなたは、ペットを飼育したことはありますか?

ペットはかわいくて、美味しそうにご飯を食べているとつい「これ美味しいー!」などと声あてをしてしまうこともありますよね。

一緒にいる年月が長くなるにつれて、「長い間一緒に暮らしているから、私たちはわかりあっている!」という方も多くいます。

本作で、作者はこういった「動物と分かり合った気になる」ことについて、人間の思い上がりだと真っ向から批判しています。

たしかに、美味しそうに食べているのはまだわかるとしても、動物が考えていることはなかなかわからないものです。

人間は、動物の気持ちについて人間が持つ感情で想像することしかできません。

たとえば、人間にとっては怒られるようなことは何もしていないのに家で突然動物が怒っているとき、皆さんならどう考えるでしょう。

おそらく、前述の分かった気になっている人々は原因がわからず困惑するでしょう。

でも、ひょっとしたら繁殖に関するストレスや、なわばりの意識が芽生えたのかもしれません。

違う生き物の考えていることを理解しようとするのは、非常に難しいことなのです。

本作を読んでいると、だからこそ動物と触れ合うのは面白いし楽しいのかもしれないな、と感じずにはいられません。

ランティエンに見る、動物園の動物をめぐる輸出入の実態

本作の一番のキーとなるのは、もちろんインドゾウのランティエン。

中国からやってきた若い象なのに、なぜか山西市動物公園では展示予定がないという、謎に包まれた象です。

ランティエンの秘密については本編に詳しく記述がありますが、今回注目したのは動物園にいる動物たちの輸出入です。

動物園の動物を繁殖目的で国際的に貸借することは、そう珍しいことではありません。

しかし、象はそう簡単に輸出入できる存在ではないのです。

1973年、国際的な密猟などで数を減らしている動植物を守るために、「ワシントン条約」という条約が主要国や輸出入当事国で締結されました。

特にアフリカゾウは一部の富裕層による狩猟や象牙目的の密猟被害が深刻で、厳しい規制が敷かれています。

そして、条約が締結された当時に密猟を助長していたのは、高度経済成長でぜいたく品である象牙に手が伸びていた日本の人々だったのです。

現在は環境省が規制を強化したものの、今度は中国が経済成長著しく、かつての日本と同じことをしようとしています。

皆さんのお近くにある動物園で普通に見られるかもしれない象が、人間の身勝手な都合で近い将来に見られなくなるかもしれない…悲しく、難しい問題です。

個性豊かな飼育員たちが活躍する、動物愛に満ちた本格ミステリー

似鳥鶏さんの人気シリーズの最新作である本作。

似鳥作品の登場人物は非常に個性が強くて、面白いです。

常識人っぽいけどどこか抜けている桃本を中心に、動物園でアイドル飼育員のような存在だけれど手持無沙汰になるとメモ用紙で無限に折り紙を作ってしまう七森、桃本をあらゆる視点から撮影してコレクションする変態なのに実家が名家の服部、冷静沈着で話しているときの顔が怖い鴇先生…これだけ個性が強いのに四人そろった時はバランスが良いし、有事の時のチームワークは瞠目に値します。

そして、桃本の背中を見て育った従弟の誠一郎もまた、本作にとって重要な存在です。

幼いころから「兄貴」と慕っていた桃本に影響されて動物好きになるも、子どもの頃に飼っていたウズラの「ピースケ」とのある事件をきっかけに、動物から離れます。

それでも動物への思いを捨てきれず、飼育員になりました。

動物園の飼育員は、単に「動物が好きだから」で勤まる仕事ではありません。

動物の知識に加えて食事などの観察力、糞尿の掃除などでフンを触ることに抵抗のない価値観を持ちつつ、ある程度きれい好きでなければならないという微妙な清潔感覚…様々な能力が求められるのです。

そんな飼育員たちの動物愛と知識に触れながら、象が消えた謎を解いていく本作。

壮大なラストまで目が離せない良作です。

ぜひ、ご一読ください。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)

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