尚人には未だに忘れられない初恋の相手・小夜子がいた。
ある日突然その高校時代の初恋相手・小夜子のルームメイトだという女性が訪ねてくる。
なんでも小夜子が帰郷してから連絡が途絶えてしまったので、一緒に探してほしいと言うのだ。
強引に連れ出される形で訪れたのは山奥に存在するとある村。
そこではまさに小夜子を巻き込んだ怪しい儀式が行われようとしていた。
尚人達は小夜子に会うためその村に滞在することになるが、そこで数々の恐怖に直面する―。
“ナキメサマの儀式”とは一体?
夜更けの神社で見たあの怪物のようなものは何か?
数々の恐怖が待ち受ける中、人間業とは思えないほど破壊された死体が次々と発見され―?
北海道のある村で起きる恐ろしい出来事の数々
主人公とそのかつての恋人のルームメイトが訪れた北海道のとある村の儀式や次々に起こる恐ろしい出来事を描くホラー小説です。
土着の因習や儀式に巻き込まれていくというホラー作品はたくさんありますが、今作にはそこにミステリー要素もふんだんに盛り込まれています。
読み進めながら感じる些細な違和感が徐々に膨れ上がっていき、最後には大どんでん返しが待っているという構成力に驚かされるでしょう。
人によっては一度目では気づかないトリックもあり、読み返すことで、何気ないちょっとした描写がさらに物語を深くしていることに気づけます。
また、作中には何度も異形のものやグロテスクな儀式の様子が登場します。
非常に丁寧な描写で、読んでいるだけでも目の前に現れてきそうな恐ろしさを感じられます。
怪異や残忍に殺された被害者の描写にもゾクゾクさせられますが、人の心理の恐ろしさも描かれているのも特徴。
ミステリー寄りのホラー小説はホラーの要素が薄まってしまったり、逆にホラー要素が強すぎてミステリーが中途半端になってしまったりもしますが、今作は非常にバランスが取れている一冊となっています。
怒涛の展開が続く疾走感のあるホラー小説
ホラー小説には丁寧に土地の風習などを描写した上で、じわじわと怖がらせる、というものが多いです。
ですが本作「ナキメサマ」は最初から恐ろしい展開が次々に主人公たちに襲い掛かり、休む暇もなく恐怖を味わえます。
ホラー小説としては珍しい描き方、疾走感のある展開には驚かされることでしょう。
ホラー要素の描写に注目が集まっていますが、ミステリー部分も非常に高レベルです。
伏線がきちんと張られているのである程度ミステリー小説を多く読んでいる方ならラストもなんとなく見えてくるかもしれません。
ですが見落としてしまうような些細な描写がつながっていることもあり、最後まで緊張感を維持したまま読み続けられます。
後味の悪さが残るラストですが、これまでの怪異や登場人物の動きから考えるともっともすっきりまとまったラストとも言えます。
また、登場人物のキャラクターが立っているのも読みやすさを感じられる点でした。
作中に登場するホラー作家は今作では十分に活躍したとは言えませんが、その強烈な性格から読者から人気を集めています。
また登場することも期待されていますので、作者の次の作品も楽しみにしておきましょう。
ホラー小説の巨匠を思わせる作家のデビュー作
作者の阿泉来堂氏は、今作「ナキメサマ」で第40回横溝正史ミステリ&ホラー大賞の読者賞を受賞して小説家デビューを果たしました。
これまでにさまざまな名作が受賞してきた賞であり、無名の作家が受賞したことに驚いた方も多いのではないでしょうか。
作者はこれまでミステリー小説を中心に執筆していたものの評価されず、自分の好きなものを見つめ直した結果ホラー小説を書くことに乗り切ったといいます。
ただのありきたりなホラー小説で終わらないためにどうすればいいのかをよく考えた上で書かれているため、ホラー小説やホラーテイストの強いミステリー小説が好きな方なら作者と同じ視線で楽しめるでしょう。
土地の風習、儀式などはオリジナルのものですが非常にリアルに書き込まれており、同じように土着の因習による恐ろしい怪奇現象を執筆しているホラー作家三津田信三氏を彷彿とさせるという声もあります。
三津田氏の作品よりもかなりリアルでグロテスクな描写が多いので、ただ恐ろしい風習などを読みたいという方は注意してください。
今作が発表された翌年には最新作の「ぬばたまの黒女」も発表されています。
こちらもホラーとミステリーが複雑に絡み合った読み応えのある小説になっていますので、今作が気に入った方はぜひ手に取ってみてくださいね。
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