主人公の田附悠成には特殊能力があります。
それは、夢の中で他人の過去を体験できるというものでした。
過去というのは決まって22年前の事件です。
友人の結婚式の日、彼の恩師の義理の息子が殺害されました。
犯人はいまだに捕まっていません。さまざまな人物のその日の記憶を辿る内に、田附は徐々に事件の真相を知っていきます。
複雑な人間関係がもつれ合い、意外な人たちの倒錯的な関係もあらわになっていきます。
誰の過去の記憶を見られるかわからない、また欲しい情報が思うまま手に入る状況ではない中、どのように事件を解決するのでしょうか。
SF的な要素もありますが、それでいて正統派なミステリーを楽しめる一冊です。
西澤保彦『夢魔の牢獄』
西澤保彦氏は「七回死んだ男」でも主人公が過去にタイムリープして事件を解決する物語を書いています。
ですが今回は自分が過去に戻るのではなく、他人の過去の記憶を追体験するのみです。
過去を変える、すぐに犯人を導き出すということはできません。しかも相手を選ぶことはできず、読んでいてももどかしい思いがします。
「七回死んだ男」と比較されることの多い今作ですが、まったく新感覚のミステリー小説として楽しめることでしょう。
読者は田附が誰に憑依しているのかわからない中で推理を進めていくことになります。
彼が今男に憑依しているのか、女に憑依しているのか、さまざまな情報から読み取らなければなりません。
また、夢と現実の境目が曖昧な部分もあります。登場人物も多く、それぞれが誰かに対して複雑な感情を抱えています。
慎重に読み進め、相関図も用意しておくと良いでしょう。それでも事件の真相を知るまでには何度も騙されそうになります。
今作「夢魔の牢獄」ではかなり濃厚な性描写があります。
田附が他人の過去に憑依してさまざまな相手と肉体関係を結んでいきます。
ミステリー小説というより官能小説とも呼べそうなほどこの描写が多いので、初めて読む方は驚くかもしれません(苦手な方は注意です)。
描かれているのもノーマルな内容ではなく、特殊な性癖、同性同士などかなりアブノーマルです。
西澤氏の小説には時折このような濃厚な性描写がありますが、これまでに読んだことがないという方にとってはかなり好き嫌いが分かれる内容です(私も苦手です…)。しかしミステリ小説としては面白いので、そういうのに抵抗がない方にはぜひ読んで欲しいです。
一見すると事件とは無関係にも思えますが、それぞれの体験があって事件の全貌も見えてきます。
犯人にたどり着くまでに欠かせない描写もありますのでできればすべてきちんと読むことをおすすめします。
それでいてラストには儚い展開が待っています。性描写とラストの差が大きく、ついていけないと感じる方もいるかもしれません。
しかし、ハマる人にはハマる西澤ワールド全開の一冊です。
独特な設定のミステリーといえば西澤保彦!
西澤保彦氏は今作「夢魔の牢獄」の他にもさまざまな特殊設定を活かしたミステリー小説を執筆しています。
ご紹介した「七回死んだ男」が有名ですが、他にも人格が入れ替わる装置の中で起きた事件を描く「人格転移の殺人」、瞬間移動ができる人物が主人公の「瞬間移動死体」など、他のミステリー小説やSF小説では見かけないような独特の設定が多数見受けられます。
今作のような特殊設定ものが好きな方なら、西澤氏の作品は気に入ることでしょう。
また、特殊設定を活かした本格ミステリーとしてだけでなく、詳細な心理描写も特徴的です。
かなり詳細に、膨大な文字数を用いて登場人物の感情や思考が描かれるので、最初は読むのに少し苦労するかもしれません。
ですが慣れれば他の作家では物足りないくらいに思えてくるでしょう。
今作のようなノンシリーズもおすすめですが、『匠千暁シリーズ』を私は強くオススメしたいですね。

西澤氏が生み出す世界観を気に入ったら、ぜひこちらもチェックしてみてください。
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