スウェーデンの地方都市で、警察学校の女学生リンダが殺害された。
遺体には首を絞められた跡、レイプされた跡、そして13の切り傷があった。
夏期休暇中の地元警察に代わり、捜査は国家犯罪捜査局が引き受けることに。
早速現場へと向かう捜査チーム。しかしそれを率いるベックストレーム警部は、あまりにも無能だった。
女と酒とサラミをこよなく愛する彼は、現場でも捜査をおざなりにし、ホテルでビール三昧。
さらには、女性記者の尻を追いかけまわすていたらく。
こんなリーダーの指揮で、部下たちはどう捜査を進めていくのか。事件は果たして解決するのか。
最低最悪の警部・ベックストレームの奇妙な事件簿が始まる―。
ダメすぎる主人公に目が離せない
『見習い警官殺し』の一番の見どころは、あまりにも斬新な主人公のベックストレームの言動です。
斬新というか、とにかくひどい。
チビでデブという外見もさることながら、頭の中にあるのは酒と女と、楽に仕事を終わらせること。
せっかく抜擢されて現場に向かったのに、捜査そっちのけでビールをあおっては、体目的で女性を口説きます。
しかも部下が緻密な捜査をあれこれと提案するのですが、ベックストレームはそれを蹴り、近隣住民のDNA鑑定を進めます。
その数がまたひどくて、なんと数百名。全く当てのない、雲をつかむような捜査です。
当然捜査は空振り続きですが、その間もベックストレームは女性記者にちょっかいを出し続け、ついには告訴されてしまいます。
本当にもう、最低最悪の「どうしてこんな男が警部に?」と思わずにいられないほど、ダメな主人公なのです。
しかしだからこそ『見習い警官殺し』は面白いと言えます。
ベックストレームが、スキャンダラスなことをとにかく次々にやらかすので、周囲は翻弄され続けます。
その様子は、ある意味喜劇的で、目が離せません。
「こんな調子なのに、事件は解決するの?」と、読み手を終始ハラハラさせてくれる作品です。
「あの人物」が登場し、胸アツの展開に
後半に入ると、無能なベックストレームとは真逆の、優秀な捜査官が登場します。
名前は、ラーシュ・マッティン・ヨハンソン。
そう、作者レイフ・GW・ペーション氏の別作品『許されざる者』の主人公です。
『許されざる者』では、ヨハンソンは老齢になり引退していますが、本書『見習い警官殺し』では、まだ現役。
「角の向こう側を見通せる男」として数々の事件を解決していた頃、つまり全盛期が描かれているのです。
『許されざる者』を読んだ方なら、ヨハンソンの登場に胸が躍ること間違いなし!
脳も心臓も無事で、自分の足でしっかりと立って活躍する彼の姿には、つい目頭が熱くなってしまうことでしょう。
そして『許されざる者』を読んでいない方にも、ヨハンソンの登場は興味深いと思います。
なぜならここから、事態が一気に進むからです。
ヨハンソンの指示で優秀な捜査官2名が現場に派遣されますし、ベックストレームの部下が独自で進めていた調査が大当たりし、ついに犯人のDNAが判明するのです。
ここからは、事件解決までとんとん拍子に進んでいきます。
その間、主人公ベックストレームが何をしていたかというと……。
これは、ぜひ実際に読んで、確かめてみてください。
ベックストレームの予想外な行動に、「なるほど、そう来たか!」と、舌を巻いてしまうかもしれません。
続編が刊行され、TVシリーズ化も!
『見習い警官殺し』は、スウェーデンの推理作家レイフ・GW・ペーション氏による北欧ミステリーです。
北欧ミステリーというと、重くてダークな印象のある作品が多いですが、本書『見習い警官殺し』は、全くそんなことはありません。
起こる事件こそ強姦殺人事件とダークですが、ベックストレームの強烈なキャラクター性により、一種のコメディのようになっているのです。
現場の緊迫した空気の中で、ベックストレームがあれやこれやとしでかすので、重さやダークな雰囲気はどこへやら、ギョッとしたり苦笑したりの展開が続きます。
そこがたまらなく面白く、斬新な北欧ミステリーとして楽しめる作品です。
上下2巻なので長めですが、続きが気になって仕方なくなり、一気に読めると思います。
またミステリー好きな方であれば、このあまりにも無能なベックストレームを見て、ある推測をするのではないでしょうか。
「ベックストレームはダメ人間を装っているだけで、実は優秀なのではないか」と。
普段はすっとぼけている主人公が、終盤で道化の仮面を脱ぎ捨て、カッコよく本領発揮するパターンですね。
ベックストレームが本当に無能なのか、はたまた実力を隠しているのか。
そこに焦点を当てて読むのも『見習い警官殺し』の楽しみ方のひとつかもしれません。
少し触れておくと、ベックストレームの物語は、実はシリーズ化しています。
『見習い警官殺し』が一作目で、その後二作目、三作目と続いており、日本でも刊行されているのです。
アメリカではさらに、この作品を原案としたTVシリーズも放送されています。
これだけ注目を集めているのですから、ベックストレームには相応の魅力があると言えますね。
『見習い警官殺し』は、このある意味人気者のベックストレームの、原点となる物語です。
ぜひ手に取り、彼が織りなすドタバタ劇を楽しんでみてください。
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