『目を見て話せない』-推理はできるけど、会話はできない。「コミュ障」の謎解き学園ミステリー

「コミュ障」。

この言葉を聞いて、あなたはどんな人を想像するでしょうか。

本来は言語症や語音障害など、医学的にコミュニケーションが難しい「コミュニケーション障害」のことを指していました。

しかし、昨今では人見知りで人とのかかわりが苦手な人のことを指すネットスラングとしての「コミュ障」のほうが、一般的に広く知られるようになりました。

本作は、ネットスラングとしての「コミュ障」大学生が主人公となる物語です。

藤村京(ふじむら みさと)は、抜群の推理力を持ちながら、大学の新入生ガイダンスの中で自然に行われ始めた自己紹介で恐れおののいてしまうほどの「コミュ障」大学生です。

ガイダンスが終わって、結局知り合いを一人も作ることができずに落胆して帰ろうとする藤村でしたが、教室に高級ブランドの傘が置き忘れられていることに気づきます。

会話が苦手すぎて「この傘、誰のですか?」と周りに聞くことができない藤村は、ガイダンスで見聞きした情報や教室の状況を基に推理して、傘を置き忘れた人を突き止めます。

こうして学校生活の中で謎解きをしていく中で、藤村はアイヌの血が入った聡明な美人の加越美晴、小学校の同級生で社交的な里中瑛太、自称「コミュ障」だけれど妹キャラで周囲に溶け込んでいる美川奈津実、クールで無口な知的美人の皆木など、図らずもたくさんの友人を手に入れます。

傘を忘れた人を突き止めた後もセレクトショップの試着室で人が消える噂の真相を明かす、カラオケで加越に酒を飲ませ酔わせた犯人を突き止める、祭りで里中の友人の財布を掏った犯人を特定する、学内の窃盗事件を解決するなど、藤村は抜群の活躍を見せます。

章が進むごとに事件も悪質化していきますが、藤村は聞き込みなどコミュニケーションが必要な場面では仲間の助けも借りながら、解決に導いていきます。

「コミュ障」とは何なのか。それを乗り越える手段はあるのか。

そんな問いを投げかけつつ「コミュ障」の内面に迫る、本格的学園ミステリーです。

ある意味、誰もが「コミュ障」なのかもしれない

本作の最も重要なキーワードは、いうまでもなく「コミュ障」です。

主人公の藤村は、非常にわかりやすい「コミュ障」と言えると思います。

人との会話が苦手で、初対面の人となるとまず話せない。同い年でも敬語になる。

そしてタイトルの通り、人の目を見て話せない。

でも、それだけが「コミュ障」の定義で、藤村はその象徴だと言いきれるのでしょうか。

学生時代、人との会話が苦手でない人の間でも、「俺(私)コミュ障なんで」という言葉がまるで免罪符のように流布していたことを思い出します。

こう言っておけば、消極的だと捉えられる発言をしても許される、という風潮もありました。

人間が感じる精神的ストレスで最も大きな比重を占めるのは、人間関係だと言われています。

言い換えれば、どんなに会話が得意な人でも合わない人とは合わないですし、そこで思いがうまく伝わらないといったストレスを抱えていることになります。

人見知りだけが「コミュ障」なのではなく、広い視野を持てば世の中の全員が「コミュ障」なのではないか。

実は人見知りは「コミュ障」の氷山の一角で、本当の「コミュ障」はもっと広い意味を持つのではないか。

それぞれ背負うものは違うけれど、根っこにはみんな「思うように人とわかり合えない」という同じ悩みを抱えているのではないか。

本作を読んでいると、そんな気持ちにさせられます。

「コミュ障」でも、自分が熱中できるものと向き合えば人はついてくる

本作の主人公藤村は、「コミュ障」ではあるものの根本的に人が嫌いなわけではありません。

そして、藤村には「推理」という、すべての人にできるわけではない特異な能力があります。

大学内で次々と起きる謎や事件を、藤村は頭脳で解決していきます。

その過程で、加越や里中、美川、皆木などの仲間ができていきます。

藤村が仲間を増やせたのはもちろん本人の推理力が素晴らしいからですが、もう一つ、大きな理由があると思います。

それは、藤村以外のみんなが「僕(私)にはできない、すごい」と藤村の能力を認め、藤村には「この人と仲良くなりたい」と思えるだけの人望があったからです。

どんなによくしゃべる人でも、どんなにすごい能力を持っている人でも、その人に魅力がなければ仲間は増えませんよね。

たとえ「コミュ障」であっても、本人が気づかないだけで、他人にとっては魅力的な何かがたくさんあるのです。

藤村は推理に熱中し、それを人にわかりやすく伝えようと努力しました。

「コミュ障」の人にとってはその努力が非常に高いハードルですが(私にとってもそうです)、自分が得意で熱中できることなら、乗り越える勇気が湧きそうですね。

本書を読んでいると、「コミュ障」という自覚がある人は大いに励まされることでしょう。

魅力的な「コミュ障」が紐解く本格ミステリー

2019年10月に単行本化された本作。

「コミュ障」を自認する作者、似鳥鶏氏のユーモアを交えた文体が心地よく、「コミュ障」からは共感を持って迎えられたようです。

読者によっては卑屈にも見える主人公、藤村が決して表舞台に出すぎずに事件を解決していく姿は、他のミステリーとは一線を画していると言えます。

学園ミステリーではお決まりの恋愛描写もほぼなく、「コミュ障」の「コミュ障」による「コミュ障」のための小説と言っていい作品です。

同時に「コミュ障」そのものが決して悪いものではなく、実はみんな似たような悩みを持っていることや、「コミュ障」を理由に卑屈になる必要はないことが文章からひしひしと伝わってきます。

10代後半から20代前半の大学生の悩みを等身大に描いているほか、スマートフォンやSNSなど現代の技術を駆使した謎解きも現代的、かつ本格的で感情移入しやすい文体です。

読んでいるうち、「藤村、頑張れ!」と思わず応援してしまいたくなること請け合いの学園ミステリー。

「コミュ障」の自覚がある方もない方も、ぜひ一度読んでいただけたらと思います。

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