時は17世紀の大航海時代、大型帆船ザーンダム号を旗艦とする7隻が、バタヴィアからアムステルダムに向けて出航しようとしていた。
バタヴィア総督のヤンがオランダに帰国するための航海であり、ヤンは妻や娘、愛人、護衛、さらに謂れ無き罪で囚人となった名探偵サミーを連れて船に乗り込んだ。
しかしいよいよ出航という時に、顔と手に包帯を巻き付けた病者が現れ、不吉な予言を口にした。
「この船に乗る者は破滅する。アムステルダムに着くことはない」
言い終わるや否や衣服から突然発火し、病者は炎に包まれ、やがて息絶えた。
名探偵サミーは危険を察知し、ザーンダム号の出発を遅らせるよう総督の妻サラに懇願。
「お願いです、奥様。出航してしまえば、手遅れです」
しかし願いは聞き届けられず、やむなくサミーは囚われの自分の代わりに、従者のアレントに船を調査させることにするが―。
冒険×怪異×密室殺人の合わせ技
『名探偵と海の悪魔』は、大航海時代の大型帆船を舞台としたゴシック・ミステリーです。
東南アジアのバタヴィアからオランダのアムステルダムへと向かう船内で、様々な怪異や事件が起こるという物語です。
当時の技術ではこの航海には約8ヶ月かかり、嵐や疫病、海賊など多くの危険がありました。
ただでさえ命がけの大冒険なのに、その中であろうことか怪奇現象まで起こってしまいます。
まず出航前に、異様ないでたちをした病者が不吉な予言を口にし、直後に体が燃え上がります。
しかも病者の死体を見ると、舌がずいぶん前に切られていたようで、言葉を発せる状態ではなかったところがまた不気味。
その後出航するものの案の定無事では済まず、船は7隻のはずなのに角灯が8隻分見えたり、帆に悪魔の印が浮かび上がったり、死んだはずの病者が窓から覗き込んでいたりと、気味の悪い現象のオンパレード!
加えて、殺人事件まで起こってしまいます
しかもご丁寧に密室での不可能犯罪となっており、もうこんなの先が気にならないわけがない!
強烈な「冒険×怪異×密室殺人」のコンボに、読み出したら止まらない状態になること必至の作品です。
探偵の代わりを務める巨漢と貴婦人
『名探偵と海の悪魔』には、タイトル通り名探偵であるサミーが登場するのですが、彼は主役ではありません。
なにせ冒頭からなぜか囚われの身となっており、船内で鎖に繋がれていて、身動きのとれない状態なのです。
では誰が主役を務めるのかというと、サミーの従者アレントと、バタヴィア総督の妻サラです。
この二人の主人公がとても印象的で、『名探偵と海の悪魔』の魅力のひとつとなっています。
まずアレントですが彼はとんでもない巨漢で、縦は人の2倍、横は1.5倍あり、さらに顔には長い傷が、耳には喧嘩で噛みちぎられた痕があるという、見るからに腕っぷしの強そうな男です。
でも決して荒くれ者ではなく、まっすぐな気質ですし、男らしい優しさも持っています。
そしてサラは、ずば抜けた行動力と慈愛とを持つ女性です。
高貴な身分でありながら、冒頭では炎に包まれた病者にひるむことなく駆け寄り、治療を施すという勇気ある行動を見せてくれます。
中世モノでよくある「スカートの裾を裂いて、包帯代わりに巻いてあげる」タイプの、凛とした貴婦人ですね。
この二人が拘束されているサミーの代わりに船内を調査するのですが、これがもうスリルあり、謎解きあり、ロマンスもありで、非常に面白い!
「これぞエンタメ!」と称えたくなるほど面白要素をめいいっぱい詰め込んでいて、読者をワクワク、ドキドキ、ソワソワさせてくれます。
特に見どころとなっているのは、悪魔の仕業としか思えない現象の真相を暴いていくシーンと、アレントとサラのハーレクイン的ロマンスです。
心優しく頼もしいアレントと、みるみる能力を開花させていくサラの活躍は痛快で、見る者を退屈させません。
一方、本来主役であるはずの探偵サミーはどうかというと、彼の見せ場(?)は終盤になってから始まります。
探偵ならではの着眼点、深謀遠慮が遺憾なく発揮され、読み手の度肝を抜いてくれるのです。
その上で、なぜタイトルが『名探偵と海の悪魔』となっているのか、その理由が嫌というほどわかるようになります。
推理と歴史の2部門でノミネート
『名探偵と海の悪魔』は、イギリスの作家・スチュアート・タートン氏の2作目です。
デビュー作の『イヴリン嬢は七回殺される』がいきなりベストセラーとなり、日本でも「週刊文春ミステリーベスト10」で2位になるなど注目を集めました。
その作風や魅力は、読み手の興味をそそる要素をこれでもかと盛り込むサービス精神にあります。
そして2作目である本書『名探偵と海の悪魔』では、その魅力が一段とパワーアップ!
大航海時代の大海原を舞台に、冒険とホラー、本格ミステリー、ハーレクインばりのロマンスなど色合い豊かに展開していく様子は、上でご紹介した通り。
それだけでも面白味に溢れているのに、キャラクターは魅力的だし、最後にどんでん返しはあるし、まさに至れり尽くせりです。
また、船というクローズドサークル内で恐怖にかられた人々の心理描写も秀逸でした。
作中の時代では悪魔だの魔女だのが普通に信じられていたので、危険に満ちた航海でそれらにまで襲われた日には、もうたまったものじゃありませんよね。
パニックを起こし、疑心暗鬼になり、理性を失い暴力的になる人々の様子はある意味航海や悪魔よりも怖い!
このように『名探偵と海の悪魔』は、読み手の興味をグイグイと惹きつけ、一気読みさせてくれる傑作です。
現にイギリスでは、英国推理作家協会スチール・ダガー賞と英国歴史作家協会ゴールド・クラウン賞の両方でノミネートされました。
推理と歴史の2部門というところに、この作品の幅広い魅力が窺われますね。
時間を忘れて楽しめるエンタメ小説をお求めの方に、とにかくおすすめです!
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