かつては聡明で小学校の校長だった祖父も、今では認知症で介護を受ける身。
それでも昔と変わらずミステリーが好きなようで、孫娘の楓が日常で起こった謎について話すと、知性がよみがえったかのように生き生きと謎解きをする。
書斎の椅子に腰かけ、フランスの煙草を深く吸い込みながら推理を展開する祖父の姿は、認知症患者どころか、まるで名探偵のよう。
だから楓は、勤め先の小学校や飲みに行った先で起こった事件を祖父に話して聞かせ、一緒に謎解きを楽しむことにしていた。
「どうか名探偵のままでいて」と願いながら。
認知症を患いながらも安楽椅子探偵として名推理を披露する祖父と、その孫娘・楓の心温まる連作短編ミステリー。
第21回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作!
おじいちゃんの謎解きモードがカッコいい
『名探偵のままでいて』は、孫娘の身の回りで起こった事件を、認知症のおじいちゃんが推理して解決に導くという日常系ミステリーです。
探偵役が認知症というところが新しいですよね。
このおじいちゃん、幻視でありえないものが見えたり、記憶が曖昧だったりで、普段はまともな会話が成立しません。
でもひとたびミステリーの話になると、とたんにシャキッとして見事な推理を展開してくれて、その様子がめちゃめちゃカッコいいのです。
もちろん認知症の症状は甘くなく、毎日の生活の介助やリハビリも必要なくらいなのですが、だからこそ思考がハッキリしている謎解きの時間が、とても貴重で大切なものに見えてきます。
『名探偵のままでいて』は、そんな刹那の名探偵っぷりを、ほろ苦くも温かなテイストで描いた連作ミステリーです。
全6編あり、いずれも日常のちょっとした謎や事件がテーマなのですが、それぞれに伏線やひねりがあるので読み応えは十分!
エラリー・クイーンやアガサ・クリスティといった大御所の本格ミステリーネタが多く登場するところも魅力です。
各話のあらすじと見どころ
『第一章 緋色の脳細胞』
楓の住むマンションに、ミステリー評論家の瀬戸川猛資氏の遺作が届きます。
そこには4枚の紙が挟まれており、いずれも瀬戸川氏が亡くなった時の新聞の訃報を切り抜いたものでした。
「誰が何のためにこれを?」楓は疑問に思い、祖父に相談します。
第一章ということで、人物紹介を兼ねた軽めのジャブ的物語です。
ちょっとした糸口から、切り抜き記事の経路や関係者の性別までズバッと当ててしまうおじいちゃんが見事!
『第二章 居酒屋の〝密室〟』
楓は同僚の岩田から、彼の友人・四季が居酒屋で殺人事件に巻き込まれたと聞かされます。
どうやらトイレで男性が刺されて死んでおり、それをたまたま四季が発見したのだとか。
トイレは完全に密室状態で、しかも死亡推定時刻には客は誰もトイレに行っていなかったらしく―。
ミスリードがありますし、重要な情報が隠されているので謎解きはハード。
犯人の正体も殺害動機も意外で、最後までビックリの連続でした。
『第三章 プールの〝人間消失〟』
楓の同期が勤める小学校で発生した、人間消失事件です。
ある女性教師が、水泳の指導後に突然行方不明になってしまいます。
プールでは授業後に何者かが飛び込んだような音が聞こえたそうで、また彼女の父親は捜索願を出さなかったらしく、どうも怪しい点が多いです。
こちらも真相がとにかく意外で、女性教師が抱えていた問題や音の正体など、ビックリが山盛りでした。
『第四章 33人いる!』
楓が小学校で英会話の授業をしていた時のことです。
ある男児が「この学校は防空壕があった場所に建てられた」と言い、生徒たちは怖がります。
しかも教室の後ろから、32人いる生徒の誰でもない女性のすすり泣きが響いてきて―。
怪談チックな物語ですが、実は心温まる優しいエピソード。
クラスメイトの思いやりが素敵です。
『第五章 まぼろしの女』
楓の同僚の岩田が、警察に逮捕されてしまいます。
どうやら岩田は、ランニング中に若い男が刺された現場に遭遇し、駆け寄ったところに警察が来て捕まってしまったそうです。
その様子を見ていた女性がいたのですが、彼女はなぜか自分の口を覆い、逃げるようにその場を去ってしまったとか。
おじいちゃんの推理がピッカピカに輝いています。
男が刺された理由、目撃女性が口を覆った理由、逃げた理由、そしてその行き先まで全てズバリと言い当ててくれます。
『終章 ストーカーの謎』
最終話は、なんと楓が被害者です。
楓はストーカーに狙われ、住所がバレ、怪しい電話までかかってきて、ついには薬で意識を奪われます。
身動きのとれない楓は、なんとか祖父に危機を知らせようとするのですが―。
ここでもおじいちゃんが大活躍!
指紋や香りからストーカーの正体を見破り、楓をピンチから救います。
何気に岩田や四季もいいところを見せてくれます。
老後の幸せを期待させてくれる作品
認知症のおじいちゃん探偵と、おじいちゃんのために推理のネタを持ってくる孫娘という、今までにない構図のミステリー。
おじいちゃんの推理がカッコ良すぎて(しかも見た目も素敵で、スラっと長身+堀の深い顔立ちのハンサムさん)、全6編いずれも惚れ惚れしながら読んでしまいました。
この物語はもちろんフィクションなのですが、高齢化が進む今の時代に合っているというか、「仮に認知症になっても、得意分野を生かして幸せな日々を過ごすことが可能なのかも」という希望を持たせてくれるように思えました。
『名探偵のままでいて』というタイトルも、楓の切なる願いが現れていて、なんだか胸に沁み入りますよね。
また基本はミステリーですが、楓と岩田と四季のちょっとした恋愛模様も描かれており、そこも見どころでキュンキュンさせてくれますよ。
第21回「このミステリーがすごい!」の大賞を受賞した話題作でもあるので、興味を持たれた方はぜひ読んでみてください。
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