1978年、ガイアナ共和国。
ここでは新興宗教団体「人民教会」の教祖ジョーデンが「ジョーデンタウン」を作り、大勢の信者と暮らしていた。
表向きは、病気や怪我のない奇蹟の楽園とのことだが、実際には信者への暴行や強制労働が行われている可能性があった。
そこで米国の資産家が、大塒探偵事務所の助手であるりり子の腕を買い、調査を依頼した。
さっそくジョーデンタウンへと向かうりり子。
しかしそれきり彼女の消息は途絶えてしまった…。
不審に思った大塒は、自身もジョーデンタウンに乗り込む。
ところがそこでは、残忍で奇妙な殺人事件が繰り広げられており―。
実際にあった凄惨な事件がモチーフ
『名探偵のいけにえ―人民教会殺人事件―』は、2020年に発表された『名探偵のはらわた』の姉妹編です。
『名探偵のはらわた』は、「津山三十人殺し」や「阿部定事件」など昭和時代の猟奇的な殺人事件をモチーフに、独自の設定や解釈を加えたミステリーでした。
そして今作『名探偵のいけにえ』では、1970年代に南米ガイアナで起こった「人民寺院集団自殺事件」がモチーフになっています。
この事件は、カルト宗教「人民寺院」の教父ジム・ジョーンズが作った集落「ジョーンズタウン」で、信者900名以上が集団自殺をしたというもの。
同時多発テロ事件発生以前のアメリカで、最多の被害者を記録したことで知られています。
いやはや、ものすごい規模の事件をモチーフとしたものですね!
これだけ大きな事件ですから、物語の方も相当のスケールであり、手に汗どころか全身から脂汗がふき出そうなくらい緊迫感のある展開となっています。
もちろん『名探偵のはらわた』と同様に基本はフィクションであり、主要人物やトリックなどは作者の創作なのですが、ベースが実話である分リアリティやハラハラ感がすごいです。
実際の「人民寺院集団自殺事件」について知っている人ほど、大きな衝撃を受けると思います。
そのため本書を読む前に、まずはネットなどで事件のあらましだけでも調べておくと、より楽しめるのではないでしょうか。
そうすることで、本書によりどっぷりと入り込むことができます。
見どころは、約150ページにも及ぶ解決編。
ここでは、信者たちの楽園である「ジョーデンタウン」(作中ではこの名称にアレンジされています)の実態や、数々の殺人事件のトリックなどが、それはもう濃密に描かれています。
しかも複数の視点からの多重推理でさんざん読者を惑わせておいてから、全てに辻褄が合う形でどんどん伏線を回収していくのです。
それまでのあらゆるページ、あらゆる表現に一切の無駄がなかったと思わせるほどの徹底的な回収は、鮮やかの一言!
さらに最後の最後に、恐ろしくダイナミックなどんでん返しまで用意されています。
集団自殺の真相に関することなのですが、いやまさか、これほど大きな伏線がプロローグの段階から仕込まれていたとは…!
タイトルの『名探偵のいけにえ』や表紙イラストが持つ意味にも、この時点で初めて気付くことになり、震えが来るほどの衝撃を受けます。
まるでホラー?恐ろしい「奇蹟」
『名探偵のいけにえ』で、もうひとつ注目していただきたいのが、ジョーデンタウンで過ごす信者の様子です。
世間と隔離されたこの集落では、約900人もの人々が教父を妄信し、一種異様な言動をとり続けているのです。
たとえば病気や怪我についてですが、信者たちは誰一人としてこれらで苦しんでいません。
なぜならジョーデンダウンでは、病気も怪我も「奇蹟」によって存在しなくなるからです。
もちろん本当になくなるわけではなく、奇蹟を信じきっている信者たちには「知覚できない」のです。
苦しかった病も、折れた指も、失った脚ですら、全く問題のない状態になっていると彼らは感じているわけです。
実際には病人や怪我人だらけで鬱蒼としているのに、900人みんなが幸せそうにニコニコしている。
この光景、異様を通り越して、もはやホラー!
信じる者は救われるという言い回しがありますが、さすがに信じすぎでゾッとします。
そしてこの「奇蹟」が、やがて教団内をより恐ろしい空間にしていきます。
だって信者たちは、痛みはおろか四肢の欠損さえも感じないのですよ。
折られても切られても笑っていられるわけですよ。
そのためジョーデンタウンでは、ある凄惨な出来事が立て続けに起こります。
ここから先の恐ろしい展開は、ぜひご自身でご確認くださいね。
エログロ控えめでも、きわどさバッチリ
作者の白井智之さんは、異形モノやエログロ描写で定評のあるミステリー作家です。
当サイトでもご紹介したことのある『東京結合人間』『お前の彼女は二階で茹で死に』などなど、いずれも異形が存在する世界だったり、えぐい性的描写があったりする作品でした。
このテイストから、白井智之さんの作品に苦手意識を持つ方もいらっしゃるかもしれません。
が、本作『名探偵のいけにえ―人民教会殺人事件―』については、全くそのようなことはありません。
異形は登場しませんし、エログロ表現もかなり控えめなので、えぐさが苦手な方でも読みやすいです。
むしろミステリーとしての完成度が高い分、食い入るように読んでしまう可能性が大!
逆に「異形やエログロ描写がなくて残念」と思う方にも、本書はかなり楽しめると思います。
ジョーデンタウンでの信者の様子は、ある意味「異形」とも言えますし、エログロはなくても、白井智之さんならではのきわどい表現はバッチリたっぷりあるのです。
たとえば「白子の天ぷらみたいな雲」という表現なんて、形や質感まで頭に浮かんでくる気がしませんか?
こういう絶妙でどこかシニカルな言い回しは、白井智之さんの特技や魅力のひとつであり、本書でも随所で堪能できます。
とにかくミステリー好きの方にも、白井智之さんのファンの方にも、ぜひにとおすすめしたい一冊です。
衝撃的な大どんでん返しを好む方も、ぜひぜひ!







