私が旅好きなのは、ホテルの朝食が楽しみだからだ。
今回も、気持ちの良い目覚めととびきりうまい朝食を堪能できるはずだった。
しかし私の気分は最悪で、食事どころではなかった。
この席から、いや、相席となった四人の宿泊客の前から、逃げ出したくて仕方がなかったのだ。
なぜなら、彼 ら が 私 を 殺 す か ら 。
四人のうち、非殺人者はただ一人。
他の三人とは無関係の宿泊客が一人いるはずで、それが誰なのか、私は見抜かねばならない。
信用できるのは、もはやその人だけなのだ。
私は必死に平静を取り繕い、観察し、思考を巡らした。
「犯人ではないのは誰だ」
従来とは異なる視点でのフーダニット
『名探偵は誰だ』は、従来とは異なるフーダニットを楽しめる、全7話のミステリー短編集です。
どう異なっているかというと、探るべき対象が「犯人」とは限らないのです。
一般的にフーダニットと言えば見つけるべきは「犯人」ですが、この作品では違っていて、たとえば第1話では「犯人ではない人」の正体が隠されています。
他の登場人物は殺人者であり、犯行計画に関わっていないのは、たった一人。
その一人を、主人公や読者に推理させるわけです。
このように、普段とは違った視点で推理する必要のある変化球的ミステリー、それが『名探偵は誰だ』なのです。
探る対象はそれぞれ別で、「殺される人」だったり「生き残った人」だったりと様々。
そのため、1話ごとに違った推理や発想が要求されます。
その分読み応えがあるので、ミステリーマニアならぜひ挑むべき一冊!
文章のタッチは軽めで読みやすいので、スキマ時間にミステリーを楽しみたい方にもおすすめです。
各話のあらすじと見どころ
『犯人でないのは誰だ』
一人旅をしている「私」が、ホテルで他の宿泊客に命を狙われる物語です。
4人いる宿泊客のうち3人が犯人なので、「私」は残る1人(犯人ではない人物)を探そうとします。
「私」の怯えが伝わってきて、ハラハラドキドキしながら読めます。
オチは全くの予想外で、「そう来たかー!」と唸らせてくれます。
『捕まるのは誰だ』
アパートの中に詐欺師がいるらしく、刑事が張り込みます。
主人公は刑事が誰を捕まえようとしているのかがわからず、「もしや自分が捕まえられてしまうのでは?」と怖くなります。
アパート内のどの住人も胡散臭くて、全員が怪しく見えるところが面白い!
『殺されるのは誰だ』
裏社会の人間たちが豪華客船でナイトクルーズを楽しんでいたところ、伝説の殺し屋が潜入していることが判明します。
しかし殺し屋の狙いはわかりません。
一体誰が殺されるのかと、船内は戦々恐々とした雰囲気になるのですが…。
全員タチの悪い人間なので、誰がターゲットにされても不思議はないですし、むしろ始末された方が世のためになるかも、と思えてしまいます。
そういう懲悪的な意味で先が気になり、ワクワクしながら読める作品です。
『罠をかけるのは誰だ』
一人暮らしをしているおばあさんが、庭に落ちていたスマホを見つけます
そこから聞こえてきた声によると、どうやら自分はある事件に巻き込まれたらしく、始末されてしまうようです。
短編としての完成度が高く、まさかの展開にビックリ。
ラストのほっこり感が、いい味を出しています!
『生き残ったのは誰だ』
雪の中、ある山荘が爆破され、全焼しました。
中には7人いたはずが、痕跡は6人分しか見つかりません。
ということは、生き残りが1人いるはずで…。
クローズドサークルに爆破に行方不明にと、ミステリーの定番を詰め込んだような作品。
と思いきや、見事に裏をかいてくるのでご用心!
作者の手の平で踊らされる感を、たっぷり楽しめる作品です。
『怪盗は誰だ』
数十年前に暗躍していた怪盗が再び現れた!?
祖父の画廊に予告状があったことを知った孫が、怪盗の正体を暴くために奮闘します。
見どころは、なんと言っても某探偵!
作者の別作品の名探偵がゲスト出演(?)するので、ファンなら必読ですよ。
『名探偵は誰だ』
表題作。
自由を目指して戦う反体制派を捕らえるために、探偵が島にやって来ます。
何が正義で、守るべきは何なのか、そして本物の名探偵は誰なのかを問いかける物語です。
さすが表題作、読者をアッと言わせたりギョッとさせたりと、技巧が見事で読み応え抜群!
予想外の着地点を楽しめる作品
芦辺 拓さんというと、作家としてはもちろん、アニメ「ルパン三世」の脚本や、江戸川乱歩「少年探偵団シリーズ」のリライトおよびオマージュ作品、「シャーロック・ホームズ」などでも知られています。
ひとつの道に縛られず、多岐にわたるご活躍をされている作家さん、という印象ですね。
そのアクティブなスタイルが、本書『名探偵は誰だ』には強く現れています。
舞台設定としては、ホテルだったりアパートだったり山荘だったりと一見「普通」な感じですが、途中からとんでもないカーブを描いて、思ってもみなかった方へ飛んでいき、まさかの場所に着地します。
出だしが「普通」だからこそ、曲がりっぷりが面白く、読者は翻弄されながら楽しむことができるのです。
チャレンジャーな芦辺 拓さんならではの作品だと思います。
惜しむらくは、全てが短編だということ。
一話一話がテンポよく進むので、読み終える頃になるとどこか寂しく「もっと長く読みたい!もっと楽しみたい!」という気分になってしまいます。
でも、これだけ精力的に活躍されている芦辺 拓さんのことですから、遠からぬうちに必ずまた読者の度肝を抜く作品を世に出してくれると期待しましょう!
待ちきれない方は、本書を二度三度と読み、芦辺 拓ワールドを思う存分味わってください。
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