「こんなはずじゃなかったのに……」
独身でいることに焦り、マッチングアプリで出会った男性の誘いに乗って、暗号通貨の取引を始めた美世子。
県内の進学校に入学するも成績が振るわず、不良グループたちと夜遊びをするようになった礼央。
ホテルの経営不振に悩み、スナックのママから持ち掛けられた怪しいビジネスに手を出した茂一。
三人はそれぞれ現在の自分の状況が不満で不安で、何かに寄りかかりたくて、甘く危険な世界に足を踏み入れてしまう。
しかし世の中、そう簡単にはうまくいかない。
負の連鎖が始まり、ジワジワと転がり落ちていき、気が付けば取り返しのつかない状況に。
「もう、どこにも逃げ場はない…」
生き辛い世の中に疲れ果てた三人が転落していく姿を、焦燥感たっぷりに描くスリリングなミステリー!
最初は少しだけだったはずが…
『滅茶苦茶』は、人生がタイトル通り滅茶苦茶になっていく三人を描いた物語です。
三人とも見るからにヤバそうな橋を渡って、最初はちょっぴりだけなのですが、だんだんと深みにはまっていき、最終的には案の定どうしようもない結果になります。
落ちぶれていく様子が実にリアルに描かれていて、登場人物たちの苦悶や焦りや絶望がしっかり伝わってくるので、手に汗握りながらドキドキと読めます。
三人がどのように転落していくのかというと……。
☆今井美世子
37歳独身のキャリアウーマン。
高収入で自立している女性なのですが、40歳手前になっても一人身なため、友人から「高望みしないで妥協したら?」と常々言われており、モヤモヤしています。
そんな時マッチングアプリで出会った中華系マレーシア男性に優しくされ、ついグラッとして、怪しい誘いに乗ってしまいます。
その誘いとは、暗号通貨への投資。
最低でも500万円と言われ、最初は少額ずつの投資にしていたのですが、徐々にエスカレートし、額がみるみる膨れ上がり……。
☆二宮礼央
進学校に通う高校生。
自分のことを優秀だと思っていたのに、進学校にはもっと優秀な人間がたくさんいて、成績が低迷し見下されてしまいます。
学校で肩身の狭い思いをしていたところ、幼馴染の再会し、不良たちのグループ内で居心地の良さを感じます。
彼らは夜遊びで犯罪まがいのことまでするのですが、仲間意識を持ってしまった礼央も、ズルズルと良くない方向へと引っ張られていきます。
☆戸村茂一
古いラブホテルを経営している男性。
コロナ禍で客が減って経営不振に陥り、スナックで愚痴っていたところ、怪しい儲け話を持ち掛けられます。
名義を渡すことで、本来ならもらえないはずの給付金を不正に受給できるというアレです。
いわゆる給付金詐欺ですね。
茂一はスナックのママの色香に負けて、このビジネスに手を出してしまいます。
何が人生をこうまで狂わせた?
このように三人は、それぞれに底なし沼にハマり、人生を転落させていきます。
三人が浅はかなのはもちろんなのですが、でも彼らは考え無しにダメな方へと進んだのかというと、そうでもありません。
三人とも現状に悩んでいて、さんざん苦しんで、なんとか好転させるために一歩踏み出した先が、底なし沼だったのです。
考え無しというより、むしろ考えすぎて疲れ切って、その結果判断力が低下して沼に落ちたわけですね。
そして興味深いのが、三人をそこまで追い詰めた間接的な原因が、新型コロナにあること。
たとえばキャリアウーマンの美世子は、コロナ禍ゆえに在宅勤務となって、出会いに恵まれにくなりました。
学生の礼央も、授業がリモートになったことでますますついていきにくくなり、学習意欲を失っていきます。
そしてラブホテル経営者の茂一は、コロナ禍で客数が減ってしまい、亡き父から継いだホテルを潰さないためにも、家族を養うためにも、どうしてもお金が必要になりました。
このように三人はそれぞれにコロナ禍で人生の歯車を狂わされ、何とかしようと足掻いたけれど、逆に取り返しのつかないことになってしまったのです。
壊れた日常を変えようとして、落ちるところまで落ちてしまった感じですね。
その後、逃げ場を失った三人がどのように生き、どんな結末に行き着くのか、怒涛のクライマックスは、ぜひご自身で楽しんでください。
ドロドロの物語ですが、ラストで大きくうねり、読了後は予想外にスッキリ爽快な気分になれると思います。
コロナ禍で苦しむ全ての人に読んでほしい作品
タイトル通り、主役三人の人生がどんどん滅茶苦茶になっていく様子を描いた作品でした。
落ちっぷりがとにかく凄いし怖いしで、読み始めたら止められず、一気読みは必至!
読み手をそこまで惹きつける理由は、なんといっても三人が落ちた原因がコロナ禍にあるからでしょう。
コロナ禍でどれほど生きづらい社会になったかは我々もよく知るところであり、そういう意味でこの物語は、決して他人事とは言えないのですよね。
共感できる部分も多かったし、一歩間違えれば自分の身にも同じようなことが起こっていたかもしれないと思うとゾッとします。
この、我が身に置き換えてリアルに感じさせてくれる部分が、『滅茶苦茶』の一番の魅力ではないでしょうか。
また染井為人さんは、もともと芸能マネージャーや舞台のプロデューサーから作家に転身された方で、見る者の興味をグッと引き付けることに長けてらっしゃいます。
本書ではその手腕が特に生かされていて、リアルで巧みなストーリー展開により、読者はみるみる物語の世界へと引きずり込まれ、そのまま最後まで目を逸らせなくなるのです。
コロナ禍でのストレスや人生の壁を感じている方には、特におすすめ。
どんなに苦しい世の中でも「自分はこうはならないぞ!」という戒めの思いも込めて、ぜひ読んでみてください。
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