とうとう『満願』が文庫化しましたね。
どんな作品かと言いますと、
①2015年版「このミステリーがすごい! 」第1位
②2014「週刊文春ミステリーベスト10」 第1位
③2015年版「ミステリーが読みたい! 」 第1位
という3冠に輝いた、米澤穂信さんのミステリ短篇集であります(第27回山本周五郎賞も受賞)。
はい。
めっちゃ面白いやつです。傑作です。
ですが、全体的に後味は良くないので、読んで気持ちのいい物語とか暖かいお話などを求めている方にはおすすめできません。
逆に、後味が悪かったり、ちょっとイヤーな気分になったり、ゾクッとするようなお話が好きな方には間違いなく楽しんで頂けるでしょう。
私はこの『満願』、最高に大好きです。
関連記事
➡︎【2015年/国内編】このミステリーがすごい!ベスト10紹介
1.夜警
主人公は、交番勤務を務める警察官・柳岡。
「夫が刃物を振り回している」と女性からの通報を受け、新人の川藤と後輩の梶井と共に現場へ向かう。
そこで事件は起きる。
新人・川藤が口走った言葉に過剰反応した容疑者が、刃物を持って突っ込んでくる。
対し、川藤は容疑者に向かって発砲。
結果、両者共に死亡した。
見方によっては、「勇敢な警察官が命と引き換えに凶悪犯をやっつけた」ように見えるこの事件。しかし、柳岡は違和感を覚えます。
事件当日は、普段よりおかしなことがたくさん起きていた。
そして何より、死ぬ間際に川藤が言い残したあの一言。
この事件には一体何が隠されている?
いきなり名短編ですね。
トリックが凄いとかそういう話じゃあないんです。
思わず「そういうことだったのか!」と叫んでしまうような、まさかの真相。
なぜあんな事件が起きてしまったのか、川藤は何を隠していたのか、がわかった時の「苦味」ったらもう。
2.死人宿
失踪した恋人・佐和子が中居をしていると聞いて、とある温泉宿にやってきた主人公。
彼は、佐和子からこの宿が『死人宿』と呼ばれていることを知らされる。
この宿の近くに火山ガスが溜まりやすい場所があり、楽に綺麗に死ねるということで自殺の名所になっているらしい。
そこで佐和子から、ある相談を受ける。
彼女は脱衣所の掃除をしている時「遺書の落し物」を見つけたのだという。そして、この遺書の持ち主を突き止めてほしい、と。
現在この宿に泊まっているのは、主人公の他に3人。
この遺書は、この中の誰のものなのか。果たして、その人物の自殺を止められるのかーー。
というように、落し物の遺書を頼りに「3人の中の誰が遺書を書いたのか」を突き止めていくミステリです。
限られたわずかな情報だけを頼りに、ありとあらゆる推理を重ねていく過程はお見事。
落とし物の持ち主を探す、というありがちな「日常の謎」のように見えますが、そこはやはり米澤さん。一筋縄にはいきません。
苦味を残すねええ。
3.柘榴
とても美しい容姿を持ったさおりは、大学で出会った成海と結婚した。
夕子と月子、2人の娘が生まれるが、次第に成海が父親としてダメ人間だと判明。娘たちを育てる気はなく、ほとんど家にもいない。
いよいよ離婚となるわけですが、親権はどちらも譲らない。
しかし、娘たちを育てたのはさおりであり、生活力に関してもさおりに分があった。
普通に考えて、どう見ても親権はさおりにあるのだが……。
こりゃあダメだ。
私の一番苦手なタイプの後味のやつだ。なんてものを読ませてくれるんでしょう。
単行本で読んだ時に「2度と読むかい!」って思ったんですど、文庫化したし記念にもう一回読んでみるか、と思ったのが運の尽き。
やっぱり何度読んでもイヤな話でした(褒め言葉)。
4.万灯
仕事のために生きているビジネスマン・伊丹は、バングラデシュに眠る大量の天然ガスを手に入れるため、現地の村人たちと交渉を始める。
しかし、村の主・アラムは一向に天然ガスの開拓を許さない。部下は骨折までさせられ、村に近づくことさえ許されなかった。
どうにかアラムの了承を得られないものか、と頭を悩ませていたその時、伊丹は村の老人からある「計画」を持ちかけられる。
その内容とは……。
『満願』に収められている全6編の中で1番読み応えがあるんじゃないですかね。
読んでいる間のドキドキも半端ではなかったし、終盤の展開にはゾクゾクしっぱなしでした。なんという後味でしょう。
一流のビジネスマンである彼は、一体どこで間違いを犯したのか。
5.関守
ライターの主人公は、ある都市伝説の記事を書くために桂谷峠を車で走っていた。
この峠では、毎年同じ場所で車が谷へ転落する事故が起きているという。その情報を集めに来たのだ。
しばらく車を走らせていると、営業しているかどうかもわからないほどの小さなドライブインがあり、小柄なおばあさんが1人で営業をしていた。
なにか有力な情報を聞けるかもしれない。
彼はボイスレコーダーを忍ばせ、おばあさんにこの谷の事故について聞き込みを始めた……。
怖い!!!
そして巧い。
完全にホラーでしょう。
6編の中で1番好きな短編です。
終盤の、あの流れるように真相が明かされていく時のゾクゾク感。最高すぎますよ。
米澤穂信さんを代表する極上の一冊。
以上5編と表題作『満願』の計6編が収められているのですが、とにかく1編1編の読み応えの凄さですよ。
読み終わるたびに一息入れないと体が持ちません。濃密すぎるんです。
しかし文章の美しさ、読みやすさのおかげでスルスルと読まされてしまう。
それでいて、どれもタイプの異なる後味を残していく。よくこれほどにタイプの違うミステリを書けたものです。
ただしタイプは違えど、共通しているのは「命」と「願い」。
「命よりも大切なもの」、と言った方が良いのでしょうか。
この作品で描かれる物語には、そんなテーマが込められているように思います。
ところで、米澤穂信さんの短編集といえば『儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)』という作品がありまして、これもまた傑作なわけですが。
初めて『満願』を読んだ時、『儚い羊たちの祝宴』と似たような苦さを感じたんですよねえ。
『満願』と『儚い羊たちの祝宴』では作品の方向性が違うので比べるのもあれなんですが、どちらも傑作短編集ということには変わりないでしょう。
『儚い羊たちの祝宴』を楽しめた方はぜひ『満願』を。『満願』を楽しめたならぜひ『儚い羊たちの祝宴』を。
最初にも述べましたが、『満願』は決して読んでいて明るい気持ちになるものではありません。全体的に陰鬱であり、非常に苦い後味を残します。
ですがこれらの作品はミステリとして、一つの短編として本当に面白いものばかりなので、ぜひ読んでおくことをおすすめしたいです。
酔いしれましょう。米澤穂信さんの暗黒世界に。


コメント
コメント一覧 (12件)
満願、ついに文庫化されたんですねー!
どの短編も読みごたえありますよね。めちゃめちゃ後味悪いけど(笑)
わたしは特に「万灯」が好きです(*´∀`*)こんな話を思いつく米澤穂信さんすごいなーと思いました。
いやーされちゃいましたね!
買わずには入られませんでした笑。
ほーんと後味悪いですよね。。。しかしそこがいい!!くせになってしまいます。。
「万灯」の作り込みは凄いですよね。あれ一遍だけでもお腹いっぱいで休憩をはさみましたもん笑。
まさかそういう方向にもっていくとは思ってみませんでして(´∀`*)
はじめまして☆
以前よりこのサイトのファンでanpo39様をチョー尊敬している(すごい読書量!!なんでそんなに読めるんですかぁ!?)、読書、特にミステリ大大大好きのnaoといいます。
実はここに書き込みを入れるのに、わたしみたいなミーハーが書いてよいものか躊躇していたのですが、anpo39様にいろいろ教えてほしくて、勇気を出してみました。とりあえず、今現在の目標は、本格の基本的なものの網羅的読書を目指しています。
数えきれないくらい何度も再読している大大大好きな作家さんは、森博嗣さん、京極夏彦さん、東野圭吾さん、米澤穂信さん、ラノベでは上遠野さん、久住さんがすきです。
伊坂さんはそんなにすごく好き、というほどではないのですが、この殺し屋シリーズは大好きです。
ミステリ以外の本だと、哲学思想の本が大好きです。哲学書(特に好きな現代思想もの)は敷居が高いので入門本や解説本が主ですが。新本格の書き手は哲学思想が好きな人が多いですよね。なんか本格と哲学思想の本って「面白さ」のクオリティーが本質的に似ている気がします。
naoさんはじめまして!
コメントありがとうございます、というかそんなに嬉しいお言葉いただけて本当に嬉しいです、泣。
いえいえ尊敬なんてとんでもないです!私もミステリ大大大好きなのでぜひよろしくお願いいたします。躊躇なんてせず、どんどんきてください笑。
ああ〜私も森博嗣さん、京極夏彦さん、東野圭吾さん、米澤穂信さん好きですねえ。。
おお!哲学思想の本も読まれるのですね。私は哲学書はそこまで得意分野ではないですが(でも好きです)、確かに新本格と思想哲学は相性が良いと思われますね!
特に笠井潔さんの「矢吹駆シリーズ」は本格ミステリと哲学思想の混じり合いが最高でして。何度読み返したことか……。
とにかく、嬉しいお言葉をいただけて大変喜んでおります。本当にありがとうございます!
はい、わたしも「矢吹駆シリーズ」は好きなシリーズです。
新本格の作家は矢吹シリーズのように、直接に思想や哲学を小説の作中に出すことはほとんどなく、むしろ、評論や解説といった周辺書に書かれている場合が多いようですね。ただ、森の四季関連作品や京極の百鬼夜行シリーズは明らかに「観念論」をベースにして物語を作品をつくられているので、森さん自身「自分の小説と京極さんの小説は似ている」という発言をしていたのですが、正に、ですね。
いやいや、anpo39 様は読書量もさることながら、ミステリーの「面白し」をレセプトするアンテナが非常に高性能の全方位型なところもまさに尊敬に値するところです。どんな小説も楽しめる、楽しみを見いだせる、という才能はほんとうにすごいです!!まさに「読書の申し子」といっても差し支えないと才能の持ち主だと思います。
やはり矢吹駆シリーズもお好きでしたか!あれは名シリーズですよねえ。
なるほど。四季関連作品や京極の百鬼夜行シリーズはそういうことなんですね。通りでどっちも好きなわけですなあ。もう何回読んだことか。。
いやあ、ちょと言い過ぎですよお!!(嬉)
確かにどんな小説も楽しめてしまうのは、自分でもありがたいことだと思います。笑
《ミステリー小説を読み慣れている人ならトリックに気がつく》と書評されている小説にも普通に騙されますからね。単純なのでしょうか。結構読み慣れていると思うのになあ、と。笑
「読書の申し子」!!!
いやあ、そんなこと、えへへ、ありがとうございます。。。(*´∀`*)
いやでもnaoさんの考察素晴らしいです。私はそこまで深く考えて読んでいなかったので。。
満願じゃないですかあ! 自分はつい最近折れた竜骨にはまって米澤穂信先生を読み漁っていたのですが、いずれ手を出そうと思っていたこの満願が折良く文庫化したということで、すぐさま買いに行った次第です。クオリティが高く、期待を裏切らない傑作揃いでしたね。あらゆるミステリランキングの一位を総なめした満願、そして米澤先生に万歳!
そうなんですよう、満願なんですよう!
米澤穂信先生を読み漁るとは、素晴らしいことだと思います。ナイスタイミングで文庫化しましたね。
いやはや、本当に傑作揃いとはこういう作品のことをいうのですね。そりゃ1位もとりますわ……万歳!(*`▽´*)
もう文庫化とか新訳とか復刻とかやめて欲しいです。
昨日漸く何ヶ月も前に復刻したクレイトン・ロースン「棺のない死体」を読めたというのに。
本が溜まる一方で、本棚をまた買わないと・・・。
しかもこのブログときたらとっても期待値を上げて紹介するし。
僕の部屋はぼろ家の二階なのですが、これはあれですか、床が抜けて真下の部屋の母親を殺害するという遠隔殺人トリックですか。
書評で人を殺すとはなんて名犯人!
追伸:ロースンの「棺のない死体」はクソバカトリックが最高でした。絶対に傑作ではないですが個人的には好きかも(笑)
いやはや、本当に私も困っております。本の置き場所もそうですし、なにより出費が……(゚ノ∀`゚)
すいません、ありがとうございます。笑
ハッ!!!
気が付かれてしまいましたか。。さすがは名探偵ちぃさん、よくぞ見やぶりましたね・・・(バカミスにもほどがある)。
それにしても「書評で殺人」というそのアイデア、素晴らしいです。何かに使えるのでは。。
そう言われると「棺のない死体」を読んでみたくなるというミステリ好きの運命。読んでみます。笑
米澤穂信は最近このミスで上位とりっぱなしですよね。実は私、本にはまったきっかけがインシテミルなんです。でも折れた竜骨が一番すきです(笑)次点で満願が。(そういえばインシテミルの映画ひどかったなぁ)
ですねー。完全にこのミスの常連さんですね。
おお!そうなんですか!インシテミルは面白いですよねえ。原作は。映画版は、あれ、なんなのでしょう。
原作を好きであればあるほどショックを受けるというトラップでした。笑
折れた竜骨もいいですよねー。満願とはタイプは違いますけど、あの作品も素晴らしいですよねえ。
一番決めるの難しいなあ……(´∀`*)