アーサーマッケン『恐怖』- 魔界、幻妖、エクスタシー。名訳で贈るマッケン傑作集

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時は第一次世界大戦中、ウェールズの西のはずれ、片田舎のメリオンでは事故や殺人が多発していた。

崖から転落したり、沼で溺死したり。

ウィリアムズ家では五人の家族が頭を砕かれて殺されていた。

当然のようにメリオンの住民の間には恐怖が蔓延し、第一次世界大戦中という時節柄、ドイツのスパイによるものではないかという噂も流れ始める。

そんな時、グリフィス家の主人と家族、居候の画家が死んでいるのが発見され、画家の残した書置きにより彼らが何者かに襲われて籠城していたことが明らかになり…。

ある地方で起きた恐怖の事件を描いた表題作『恐怖』を始め、古代魔術と人の内面が引き起こす恐怖を描いた『パンの大神』など、アーサーマッケンを知る上で欠かせない7編が収められた短編集です。

目次

怪奇小説の巨匠による超自然的ホラーの傑作たち

超自然的な現象や人間の心理を描写して読者に恐怖感を提供する「怪奇小説」。

現代でもホラー小説という呼び方で人気を集めているこのジャンルの巨匠の一人に、19~20世紀にかけてイギリスで活躍したアーサーマッケンが挙げられます。

ウェールズの牧師の家に生まれたマッケンは、幼い頃見た風景や幻想を元に怪奇小説を執筆しました

冒頭で紹介した『恐怖』という短編も、西ウェールズの小さな田舎町を舞台にした作品です。

マッケンが注目したのは、日常に潜んでいる(かもしれない)神や妖精といった超自然的な存在による恐怖。

しかも彼が描写したのは、良い神や良い妖精ではなく、人間に対して害意を持つ存在だったのです。

邪悪な超自然的現象に触れた人間はいったいどうなってしまうのか、という今でも小説の主題になるテーマを、マッケンは19世紀に完成させました。

さらにこの作品の恐怖度を高めているのが、人間の内面の恐ろしさに着目した部分です。

超常現象に触れた人間の内奥が暴かれることで、超常現象に対する読者の恐怖を何倍にも膨らませています。

超常現象と人間の内面という、ホラー小説でも鉄板と言える主題。

巨匠の作品に触れることで、その恐怖の神髄に触れることができるでしょう。

時代の世相を反映した小説としても楽しめる

作者のアーサーマッケンは、19世紀後半から20世紀前半にかけて小説を発表しました。

そのため、マッケンの生きた時代の世相がその作品にも大いに反映されているのです。

当時は科学的合理主義万能の時代とは言え、現代ほど科学が発達・浸透していない時代。

例えば冒頭で紹介した『恐怖』では、原因不明・犯人不明の事故や事件が多発する中「Z光線」なる殺人兵器の存在がまことしやかに語られます。

別の話では、医者が奥さんにとあるオカルティックな手術を施すというトンデモ医療が登場し、その結果奥さんは悪しき存在に乗っ取られてしまうことに。

現代とは大きく異なったこの時代特有の空気感を楽しめるのも、この短編集の醍醐味の一つと言えます。

また、第一次世界大戦中に書かれた作品には戦争という極めて現実的な恐怖も描かれていて、一口に恐怖と言ってもいろいろな種類の恐怖があることに気づかされます。

100年以上も前のしかも違う国の人たちの恐怖を味わえる。これはまさに読書の醍醐味と言えるのではないでしょうか?

ただ怖いだけじゃない、時代の雰囲気を味わえる作品集です。

後の怪奇文学に影響を与えた、ホラー好き必読の本!

近年マンガやゲームなどで注目されているクトゥルフ神話と、その作者であるハワード・フィリップス・ラヴクラフト。

ラヴクラフトは、人知の及ばない宇宙的・神的存在への恐怖を「コズミック・ホラー」と表現しました。

実はこのコズミック・ホラーの始祖としてラヴクラフト自身が挙げているのが、他ならぬアーサーマッケンなのです。

事実、ラヴクラフトは自身の作品にマッケンの代表作『パンの大神』に出てくる邪神的存在を登場させるなど、マッケンから大きな影響を受けていることがわかります。

ラヴクラフト以外にも、マッケンは20世紀以降のホラー小説界に大きな影響を及ぼしました。

まさにホラー小説好きなら必読の小説家ということができるでしょう。

日本においては1970年に平井呈一によって紹介され、全6巻の『アーサーマッケン作品集成』として発表されました。

この『作品集成』は古本屋などで入手するしかありませんでしたが、今回紹介した『恐怖』が発売されたことで、マッケンの重要作品をお手頃な価格で読めるようになったのです。

訳者も平井呈一さんから変更されることなく収録されているため、当時の訳文の独特の雰囲気を楽しむこともできます。

ラヴクラフトの提唱した『コズミック・ホラー』をより深く理解したいという人、そしてもちろん純粋にホラー小説を楽しみたいという人、全てにおすすめできる作品です。

作品を読んでマッケンに興味を持った方は、『作品集成』を読むか、平井呈一さん以外が訳した作品を読むという選択肢もあるでしょう。

ぜひコズミック・ホラー=宇宙的恐怖の神髄に触れてみてはいかがでしょうか。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。主に小説全般、特にミステリー小説が大大大好きです。 ipadでイラストも書いています。ツイッター、Instagramフォローしてくれたら嬉しいです(*≧д≦)

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